天女の血
正樹は歩きだす。
去っていく。
その背中を、美鳥は黙ったまま見送る。
やがて、正樹は教室の外へと出て行った。
開けられた戸が閉められた。
正樹の姿が完全に見えなくなった。
それでも美鳥は動かずにいた。
しばらくして、ようやく、強張っていた身体から力が抜けた。
力なく、肩を落とし、背中を丸め、手のひらを床に置き、座っている。
頭が麻痺してしまっているみたいだ。
なにも考えられない。
ぼうぜんと床に座ったままでいる。
ふいに。
教室内の静かな空気を破るように、携帯電話の着信音が鳴り響く。
美鳥はビクッと身体を震わせた。
鳴っているのは、私の携帯。
出ないと。
真っ白な頭の中で、そう思い、美鳥はふらつきながらも立ちあがった。
机の上を見る。
携帯電話が鳴っている。
それを美鳥は手にした。
いつもの動作で、だれからの電話かを確認する。
建吾からだ。
美鳥は電話に出た。
「はい」
「宮本です」
その声を聞いた瞬間、心が震えた。
「先生と話し中でしたら申し訳ありません。予想していたより遅いので、気になって」
「鬼が、来た」
美鳥は建吾の言葉を途中でさえぎるように言った。
「あの吸血鬼じゃない、鬼」
頭はいつものようには動いてくれない。
心も揺れている。
ひどく揺れている。
「先生はその鬼に操られて、私を呼びだしたの」
崩れてしまいそう。
ダメだ。
しっかりしなければ。
「もう鬼はいなくなったけど」
「今いるのは家庭科室ですよね。その教室はどこにあるんですか?」
堅い声で建吾が聞いてきた。
だから、美鳥は答える。
「北館の、一階の、西の端」
「わかりました。すぐに行きます」
建吾は力強く告げると、電話を切った。
まちがいなく、美鳥が今いるこの教室に向かっているのだろう。
ここに来てくれる。
そう思った、その思いが胸にしみた気がした。
また、心が震えた。