天女の血
しかし、今度は深く侵入してくることはなく、あっさり離れていった。
抑えこまれていた身体を解放される。
美鳥は上半身を退いた。
それを正樹はじっと見ている。
「僕はさっきのことは忘れることにする」
穏やかな声で告げた。
さっきのこと。
なんのことだろうか。
わからなくて、美鳥は無言で正樹を見返す。
「消耗した力を回復してくれる存在は、僕にとってはありがたい。正直、自分の身体のことを考えれば、君がほしいと切実に思うよ」
正樹の眼差しは静かだ。
さっきのような鋭さは消えている。
「でも、君は嫌なんだろう?」
問いかけてくる。
だが、美鳥は答えずにいる。なんとなく答えづらかった。
「それでも、というなら、無理矢理になる。だが、それは僕の性に合わないらしい。君にやめてほしいと懇願されたとき、あけすけに言うけど、萎えた。続けられないと思った。だから、やめたんだ」
同情してやめてくれたわけではないということか。
「相手には困らないしね」
正樹は軽く笑った。
この容姿で、自分の魅力を知っていて、その使い方も知っている。
いろいろと慣れている感じもあった。
おそらく、これまで関係を持った女性の数は多いのだろう。
嫌だな。
想像して、不愉快になった。
やはり自分は堅いのだ。
「だからといって、僕のお手つきでもない女の子をつれて帰って、護ってくれと一族の者たちに頼めない。君の事情も話せない。消耗した力を回復してくれる存在をめぐって一族の者同士が争うことは避けたいからね」
頭領である正樹のものであれば、そんな争いは起きないのだろう。
「自分が早くに死ぬことは、頭領になった時点で、本当に覚悟した。今も、納得している。なにか方法がないのかと君に聞かれて、さすがに心が揺れたけど、それ以降のことは忘れることにする」
淡々とした口調で正樹は言った。
そして、立ちあがる。
自分の命がかかっていることなのに、それを振り切った。
そのまま去ろうとする。
だが、ふと、その足が止まった。
机の上にある美鳥の携帯電話をつかみあげた。
携帯電話を操作している。
「……気が変わったら連絡して。君は僕の庇護下に入るのが一番いいよ」
どうやら自分の連絡先を携帯電話に記憶させたらしい。
「それと」
ためらうように少し間を置いてから、正樹は続ける。
「僕の助けが必要なときも、連絡して。ただし、僕は竹沢の頭領という立場があるから、助けることができない場合もあるかもしれない」
そう告げると、携帯電話を机にもどした。