天女の血
正樹が黙りこんでしまった。
思考をめぐらしているようだ。
悩んでいるようにも見える。
表情が陰っているが、それでも、その顔の美しさは損なわれない。むしろ、憂いが加わって、いっそう艶をおびている。
なにを考えているのだろう。
美鳥はその美しい顔を眺め、やはり黙っている。
ふと、正樹がふたたび美鳥のほうを見た。
その顔を近づけてくる。
美鳥は驚いた。
もう襲う気はないだろう。
そう感じるものの、それは絶対ではないから、逃げたほうがいいのかとも思った。
正樹は美鳥の顔の近くで言う。
「高度平和機器開発機構。略して、コウヘイキ」
なにかの名称らしい。
しかし、なんのことだかわからない。
「例の組織の名前だ」
鬼の一族の者をさらって研究材料とし、あの吸血鬼を作り出したという組織のことか。
「君の特殊な力について、彼らには絶対に知られないほうがいい」
正樹は間近から美鳥の眼を見すえている。
「君の力は戦いには向かない。そして、その力が役にたたなければ、君を組み敷くのは、鬼でなくても、特に鍛えていない普通の男でも、できることだろう」
美しい眼には力が宿り、鋭い。
「でも、君が力を与えられる範囲が鬼にとどまらないのなら、普通の人にもなにかの力を与えられるのなら、あの組織は君を研究材料にしようとするかもしれない。そうなれば、彼らは君を捕まえるだろう」
その鋭い眼差しが、心に深く入ってくる。
「たぶん、キス以上のことのほうが、より力を与えられるんじゃないかと思う」
キス以上。
それは、美鳥がやめてと頼み、正樹がやめたことだろう。
「君の意思は鬼の力を使わなくても薬でどうにでもなる。君だって嫌だろう。薬漬けにされて、不特定多数の男の相手をさせられるのは」
もちろん嫌だ。
聞いただけで、気分が悪くなった。
美鳥は右手を左腕へとやって肘をぎゅっとつかんだ。
「あの組織は武器の開発のためなら、平気でやりかねない」
正樹の声から憤りがかすかに感じられた。
研究の材料にされて殺されたという従兄弟のことも思っているのかもしれない。
その怒りを散らすように、正樹は顔を背けた。
けれども、すぐにまた美鳥のほうを見る。
その双眸が美鳥をとらえる。
「君は僕の庇護下に入ったほうがいい。それが最善だと思うよ」
瞳の色は黒。
赤ではない。
鬼の力を使っているわけではない。
それでも、心を引き寄せられて奪われてしまいそうになる。
しかし。
「どうしてそう思うの」
引っかかりを覚えて、かろうじて踏みとどまる。
持って行かれそうになっていた心を自分のほうに引きもどした。
「あなたは、私について、私が知らないことを知っているんじゃないの。なにか隠しているんじゃないの」
問いかけた内容は、勘に基づくものでしかない。
だが、不思議と自信があった。
至近距離にある正樹の眼を強く見る。
すると。
「ああ、隠していることはある」
正樹は堂々と認めた。
その眼の力の強さが増す。
「それに、悪いことを企んでいるかもしれない」
美しい顔に、ふっと笑みが浮かんだ。
華やかだ。
つい見とれてしまう。
その隙を突くように、正樹が身を寄せてきた。
美鳥はハッと我に返って逃げようとしたが、手遅れだった。
捕らえられる。
強い力。
逃れられない。
動きを封じられた状態で、また、唇を奪われる。