天女の血
美鳥は眼を強くつむる。
そのあとすぐ、唇に正樹のそれが落とされた。
もう何度目かのキス。
触れてくる。
それだけではなく、侵入してくる。
心臓が激しく鳴っていて、その音にあせる。
さっき正樹は試したいことがあると言った。話の流れからすると、早死にしない方法を見つけるためだろう。
でも、これがそうなのだろうか。
信用してもいいのだろうか。
迷う美鳥の耳に、正樹の声がよみがえってくる。
僕を受けれて、美鳥。
肌に甘く響く。
身体の力を抜いた。
ふっと息をして、口をわずかに開く。
それを待ちかねていたように、正樹がさらに深く侵入してきた。
しかし、美鳥は抵抗しない。
侵入をゆるす。
されることを、ゆるし続ける。
こんなことをさせてもいいのかと、頭の隅で厳しくとがめる声があがった。
だが、その声を身体は無視する。
身体が熱くなっているのを感じる。
やがて、正樹が離れていった。
けれども、美鳥は眼を閉じて床に横たわったままでいる。
「……やっぱりか」
しばらくして、正樹の声が聞こえてきた。
なにがやっぱりなんだろう。
そう美鳥は思い、眼を開けた。
ぼんやりとした視界。
まだ心が乱れている美鳥とは違い、美しい鬼は口元に手をやってなにかを考えている様子だ。
しかし、自分に向けられている視線に気づいたらしく、正樹は美鳥を見た。
その形良い口が開かれる。
「鬼としての特殊な力を使うと、自分の中で消耗されていくものを感じる。君や先生を支配したときもそうだ。でも、何度か君にキスしたとき、その消耗が回復していくように感じた」
美鳥は上体を起こした。
そばに座っている形で、正樹の話を聞く。
「最初のときは気づかなかった。軽く触れる程度では、ほとんど効果がないらしい。でも、深くなれば、違う。消耗が回復する」
綺麗な眼がじっと見ている。
心までとらえられる。
「さっきので、それがよくわかった」
さっきの。
あの深いキスのことだ。
正樹は言う。
「たぶん、君は他人に力を与えることができるんだろう。おそらく天女の血のせいで」
その柳眉がわずかに寄せられた。
「あの吸血鬼が君を狙うのも、そのせいだろう。あれが血をほしがるのは、竹沢の血のせいかもしれない。鬼としての力を使えば、消耗する。その消耗を回復するために、血をほしがる。竹沢には、いや、どの鬼の一族にも、吸血の嗜好はないが、あれは研究の結果作り出されたものだから、吸血で失ったものを補えるのかもしれない」
さらに正樹は続ける。
「そして、補うのに、君の血は最適なのかもしれない」
おまえの血はうまいんだろうな。
あの男の言ったことを思い出した。
時間が経った今でも、ぞっとする。
正樹は眼をそらした。
「……事態がさらに複雑になった」
ぽつりと、つぶやいた。
浮かない表情だ。