天女の血
「……なんて、えらそうなことを僕に言われたくないだろうね」
正樹はまた少し笑った。
そして、流れるような動作で眼をそらして顔をよそに向ける。
踵を返そうとする。
「なにか方法はないの?」
いつのまにか美鳥の口は動いていた。
「あなたは覚悟しているからいいのかもしれない。だけど、あなたが死んだら、残された者は悲しい」
正樹の視線がもどってきた。
その眼をじっと見て、美鳥はふたたび問う。
「鬼の力を使っても命を削らなくて済む方法はないの?」
「そんな方法があれば、とうの昔に採用してる」
正樹は落ち着いた声で返事をする。
「だれも好きこのんで早死にしているわけじゃない」
それは、そのとおりだろう。
深く考えなくてもわかることだ。
バカなことを聞いてしまった。
美鳥は後悔する。
恥ずかしくなって、うつむいた。
これまでのことでやはり混乱しているところがあり、頭がよくまわらないらしい。
ふと。
うつむいている先の視界に、正樹の足が入ってきた。
足音がしなかったから気がつかなかったが、近づいてきていたようだ。
そばにいる。
美鳥は眼を見張り、顔をあげた。
ちょうど正樹が床に腰をおろしているところだった。
どういうこと。
なぜ、もどってきた?
また襲うつもりなのか。
逃げたほうがいいのか。
考え、迷い、とっさに判断できずにいると、正樹の手が伸ばされてきた。
美鳥は身を退く。
逃げなければ。
そう思った。
そのとき。
「なにか方法がないのか、聞いたのは君だろう」
正樹が真剣な表情で言った。
意味がわからない。
戸惑う美鳥を、正樹は捕まえる。
次の瞬間、その顔が寄せられてくる。
あまりにも近い。
「嫌……っ!」
唇を奪われるのを避けようと、美鳥は精一杯あらがう。
だが、その身体を床へと押し倒された。
床に打ち返された背中が痛んだ。
一瞬、美鳥は顔をしかめて眼を閉じた。
しかし、すぐに眼を開ける。
正樹が身体の上にいる。
その眼が見おろしている。
「試したいことがある」
試すって、なにを。
そう美鳥が聞くまえに、正樹が顔を近づけてくる。
あっという間に至近距離まできた。
けれども、その口は唇には触れず、言葉を吐き出す。
「僕を受け入れて」
艶やかな声が間近でささやく。
「美鳥」
その声に肌をなでられた。
美鳥の首筋から肩にかけて、小さく震えた。
どうしようもなかった。