天女の血
そんなことにならない。
そう信じたい。
けれども、不安がわきあがってきて心を押しつぶそうとする。
美鳥は眼を伏せた。
突きつけられている現実を受け入れがたい。
だって、こんなこと、日曜の夕方にあの男に襲われるまではありえなかったこと。
天女とか、鬼とか、特殊な力とか、歳を取らないとか。
そんなことは自分には関係のないことのはずだったのに。
「……鬼といっても、一族によって違いがある」
ふと、正樹が落ち着いた声で話し始めた。
「鬼としての能力が男にしか受け継がれない男系の一族や、それとは逆の女系の一族もある」
どうしてこんな話をするのだろう。
わからないが興味を引かれ、美鳥はうつむいたまま耳をかたむける。
「竹沢は男女を問わず受け継がれる。頭領の選定も、完全に実力主義。長男あるいは長女である必要はない」
正樹は説明を続ける。
「それに、竹沢は他の一族よりも鬼としての能力に秀でている。自慢でも、うぬぼれでもなく、事実だ」
さっき、他人を支配する力は他の一族の者たちを含めて自分が随一だと正樹は告げた。
あのときの自信。
今も、その声から感じられる。
事実の裏打ちがあるからこそ、だろう。
「でも、その代償のように、鬼としての能力が強い者ほど短命だ」
え、と美鳥は思った。
鬼としての能力が強い者ほど短命。
それは正樹にも当てはまるのではないのか。
「鬼としての能力、変化は別に問題ない。でも、他人を支配する力とか、そういった特殊な力を使うと、自分の中でなにかが減っていくのを感じる」
減っていくのは。
まさか、命?
「君や先生を支配した程度なら、まだ平気だけど、以前、無茶をしたときには一週間ぐらい寝こんだ。身体がひどくだるくて、なにもしたくなかった」
思わず、美鳥は顔をあげて正樹を見る。
正樹は静かな眼で見返してきた。
「他の鬼の一族の頭領クラスは長寿の者も多いから、力を使うと命を削るのは竹沢の特徴なんだろう」
話の内容の重さが嘘のように、あっさりと言う。
「竹沢のまえの頭領は僕の父。亡くなったのは四十」
四十歳。
十七歳の美鳥からすれば、ずっと年上。
だが、自分たちの親世代だ。
亡くなるには、早すぎる。
「僕は父よりも鬼としての力が強いから、そのぶん、失うものも大きくなる。四十までは生きられないだろう。二十代で命が尽きることはないと見てるんだけど、実際にはどうかわからない」
今の正樹が二十代のはずだ。
あと数年しか生きられないかもしれないと思っているのだろうか。
胸が締めつけられているかのように苦しい。
「父が亡くなって、次の頭領を決めるときに、おまえがならなくてだれがなると言われて、頭領になった。その時点で、僕が圧倒的に強かったからね」
正樹は少し笑った。
しかし、その笑みはすぐに消えた。
「あのときに、自分の力を一族のために惜しみなく使うことを決めた。そのせいで早く死ぬのも覚悟した」
美しい顔の綺麗な眼。
美鳥をとらえているその眼の強さが増す。
「どうしてこんなふうに生まれついたのか、考えるのは、意味がない。こんなふうに生まれついて、どう生きるか、考えたほうがいい」
決意と潔さを感じる。
その言葉に、胸を打たれた気がした。