天女の血
正樹は黙っている。
だが、その指の動きは止まった。
どうするか考えているようだ。
しばらくして、中に入れられていた指が去ったのを感じた。
正樹が立ちあがった。
さらに、美鳥から離れていく。
美鳥は不格好に開かれていた足を閉じて、上体を起こした。
全開になっているブラウスのまえを、ボタンはかけず、ただ合わせる。
今さらだ。
今さら胸を隠したって。
さっきまで、見られていたどころか、好き勝手に触られていたものなのに。
それでも、無防備なままではいられなかった。
一方、正樹は教卓のあるのほうに向かっている。
進む先には西村がいる。
なにをするつもりなのか。
美鳥は正樹の動きを眼で追う。
やがて、正樹はパイプイスに腰かけて眠っている西村の正面に立った。
その右手が西村の肩を軽く叩いた。
西村が眼をさました。
ぼんやりとした眼。
寝起きだから、ではなく、正樹の支配の力がまだ効いているからだろう。
正樹はほんの少し西村のほうに身を傾ける。
「次に眼がさめたら、僕と出会ってからのことは、全部、忘れるように」
そう命令した。
西村は夢見心地でいるような表情で、ゆっくりとうなずいた。
それから、まぶたを閉じ、ふたたび眠る。
正樹が踵を返した。
こちらのほうに歩いてくる。
美しい顔。
その眼は美鳥には向けられていない。
ネクタイを結び直しながら歩いている。
途中、机に置いてあったスーツの上着を拾いあげ、それを着た。
美鳥のほうは見ない。
この教室の出入り口のほうへと進んでいる。
しかし、扉の近くに達するまえに、正樹は歩く足を止めた。
「……僕のもとに来るのは、君にとって悪い話ではないと思うよ」
正樹は美鳥のほうを振り返った。
その顔に笑みはない。
無表情だ。
「君は春日家の伯父ふたりを見たことがある?」
春日家の伯父ふたり。
明良は三人兄弟の末っ子だ。
その兄ふたりのことに違いない。
なぜ、そのふたりを見たことがあるかどうかを問うのだろう。
美鳥は戸惑った。