天女の血
ふいに。
携帯電話の着信音が教室内に響いた。
小さな音だ。
床に落ちている美鳥のカバンの中から聞こえてくる。
携帯電話の使用は授業中は認められていないので、朝のショートホームルームで集められる。そして、一日の授業の終わりのショートホームルームで返された。
正樹は美鳥から離れて、カバンのほうに行く。
カバンを床から拾いあげると、机に載せ、あたりまえのように開けて、中から携帯電話を取りだした。
携帯電話はまだ鳴っている。
「君の友達かららしい」
画面の着信表示を確認したあと、正樹は携帯電話を美鳥のほうにさしだした。
「これから会う予定だったら、あの先生を理由にして断って」
あの先生とは西村のことに違いない。
美鳥は正樹から携帯電話を受け取った。
画面の表示を見る。
乃絵からだ。
美鳥は電話に出た。
「はい」
「あ、美鳥」
乃絵の明るい声が聞こえた。
「掃除、終わったんだけど」
「西村先生の話が長引いてるの」
頭はまるで眠っているような状態だが、美鳥はいつもの声と口調で話す。
「だから、先に帰って」
「うん、いいよ」
乃絵は少しも反対せずに了解する。
疑わしい点がないからだろう。
「じゃあ、美鳥が先生と話をしてるから遅くなるって、電信柱に伝えておいたほうがいいかな?」
乃絵は建吾が学校の近くの書店で待っているのを知っている。
もう放課後なのに美鳥からずっと連絡が来なければ、そのうち、建吾が心配しそうだ。
「うん、お願い」
自分がますます不利な状況になる、などとは考えずに、美鳥は乃絵に頼む。
正樹の命令が今の自分にはすべてなのだから。
「わかった」
ほがらかに乃絵は引き受けた。
「じゃあね」
「うん、また明日」
美鳥は別れのあいさつを返した。
そして、電話を切る。