天女の血
驚愕と恐怖で動けなくなる。
その美鳥の腕が、つかまれた。
「逃げるぞッ」
アロハシャツの男だ。
鋭い視線を向けている。
その眼差しが心に切りこんでくる。
美鳥は我に返った。
吸血鬼には勝てない。
それなら、逃げるべきだ。
逃げられるときに。
今が、そのときだ。
美鳥は相手の眼をしっかりと見て、うなずく。
アロハシャツの男は眼をそらした。
だが、返事のように腕を強く引っ張ってきた。
走り出す。
鳥居のほうへ。
できるだけ早く、と必死で走る。
前方に道が見える。
だが、そこにはだれもいない。
やがて、道に出た。
それでも足は止めず、走り続けた。
「……ここまで来れば、大丈夫だろ」
アロハシャツの男が立ち止まって、言った。
少し猫背になり、口で荒く息をしている。
美鳥も似たような状態だ。
吸血鬼に追いつかれるのがこわくて、逃げる背中のすぐそばまで迫ってきているような気がして、身体が苦しくてもかまわずに走ってきた。
上体をまえへと倒し、手を膝のほうにやり、肩を揺らしながら呼吸する。
しばらくして。
「本当に吸血鬼がいるとはな」
男の声がした。
美鳥は身体を起こす。苦しかったのが治まってきている。
アロハシャツの男は美鳥のほうを見ていなかった。
さっきのは、どうやら、独り言だったらしい。
美鳥は男の横顔を見る。
あの吸血鬼と戦った跡がある。
負傷し、流血している。
美鳥はカバンからハンカチを取りだした。
「あの」
声をかけた。
すると、男の眼がこちらに向けられた。
その眼をじっと見て、美鳥は告げる。
「助けてくれて、ありがとう」
心の底から感謝している。
もし、あのとき、このひとが来なかったら、吸血鬼と戦ってくれなかったら。
きっと、自分は六人目の被害者になっていた。
そう思うと、おそろしさを感じるのと同時に感謝の気持ちがわきあがってくる。