天女の血
その美鳥の眼が、地面に落ちているカバンをとらえた。
あれは自分のカバンだ。
吸血鬼にここまで連れてこられたとき、途中で落としたのだ。
カバンの中には携帯電話が入っている。
「警察に、電話」
つぶやいた。
そして、立ちあがった。
男ふたりは戦いに集中している。
美鳥は彼らに気づかれないよう、こっそりと動く。
やがて、カバンの近くまで来た。
警察に連絡しよう。
それから、警察が来るのをただ待っているのはもどかしいので、神社を離れて周囲の家に助けを求めよう。
助けてくれたアロハシャツの男を置いていくようで申し訳ないが、彼にとってもそのほうがいいだろう。
美鳥はカバンを拾いあげ、中から携帯電話を取りだした。
そのとき。
大きな音がした。
美鳥はビクッと身体を震わせ、つい眼をやる。
アロハシャツの男が石灯籠に背中をぶつけていた。
殴り飛ばされたらしい。
その口の端からは血が流れ落ちている。
美鳥の胸が痛んだ。
泣きたくなる。
そんな美鳥の眼のまえで、吸血鬼がアロハシャツの男に襲いかかる。
拳をアロハシャツの男の腹に打ちこもうとする。
腹を強打されたらどうなるのか。
臓器がやられる。
想像して、美鳥は携帯電話を強く握りしめた。
「やめて……!」
やっと出た大きな声。
しかし、神社の外まで届くような大きさではない。
吸血鬼の動きも止まらない。
だが、拳をくらう寸前、アロハシャツの男は逃げた。
拳は石灯籠に打ちこまれた。
直後。
石灯籠に亀裂が走った。
その一部がくだけ散る。
美鳥は眼を見張った。
どれだけ力が強いの。
こんな相手に勝てるわけがない。
身体に悪寒が走った。