天女の血
胸の中で心臓が一度大きく強く打った。
天女の子孫だと言われるのに、なじんでいない。
七十代でも二十歳そこそこの姿であったという曾祖母を見たことがないので実感がわかない。
それに、以前から知られていたことに驚いた。
自分がまるで知らない相手にずっとまえから知られていた。
うっすらと気味の悪さを感じる。
だが、圭は鬼を見たことがあると言っていた。
会ったのではなく、見たのだと。
その鬼は大企業の創業者一族のトップの長男だとも言っていた。
天女の子孫とされる美鳥が鬼に知られていたのとは逆だ。
それを考えれば、驚くことではないのかもしれない。
「天女の子孫に興味があった」
美鳥の戸惑いを気にしたふうもなく、正樹は微笑んでいる。
「でも、春日家はその郷に護られていて、接触が難しい。その点、君たち親子は郷から離れているからね」
郷にいないから接触しやすいと言外ににおわせた。
「とは言え、自分の特殊な血筋についてなにも知らない君に会うのはどうかと思ってた。でも、今回の件でどうやら知ったようだし、会って話すちょうどいい機会だと思ったんだ」
なるほど、と美鳥は思った。
正樹が手間のかかる方法で美鳥をこの家庭科室に呼びだしたのは、護衛である建吾との衝突を避けるためだろう。
四守護家の者がそばにいるということは、美鳥は自分が天女の子孫である春日家の者だと知ったということ。
そう判断したのではないか。
「君と会って話してみたかった」
正樹は口説き文句のような台詞を口にする。
つい聞き惚れてしまいそうなその声は、美鳥の耳に甘く響いた。
いけない。
美鳥は気を引き締めた。
一方、正樹は悠然と告げる。
「会って話したかっただけじゃない。僕は君を誘いに来た」
綺麗な双眸がきらめく。
「僕のもとにおいで。僕が君を護ってあげよう」
その声の甘さに、頭の芯がくらりと揺らいだ。
しかし、次の瞬間、美鳥はふたたび気を引き締める。
流されてはいけない。
しっかりしなければいけない。今は、特に。
「あなたに護ってもらいたいとは思わない。だから、あなたのもとには行かない」
美鳥は誘いを断った。
真っ直ぐに相手の眼を見て。
けれども、正樹は悠然としたままだ。
美しい顔に笑みを浮かべ、美鳥を見返してくる。
その眼が。
赤く光った。
ホオズキは漢字では鬼の灯と書く。その理由は鬼の目玉のようだから。
十兵衛が教えてくれたことを思い出した。
でも。
違う。
ホオズキじゃない。
この赤は、違う。
もっと綺麗。
まるで宝石。
ルビーみたい。
そう思う。
眼が離せなくなる。
持って行かれる。
奪われる。
眼を、そして、心も。
美しすぎる鬼は華やかに笑う。
「僕のものになりなさい」
艶やかな声で告げられた命令。
それは絶対的なものとして美鳥の頭に響き、全身を支配した。