天女の血
「組織にいるあいだは組織が人の血を用意した」
けれども、鬼の能力を持ったふたりのうち、ひとりは自分で血を得るために連続殺人事件を起こしている。
それは、つまり。
「あの男は組織を離れたの?」
「そうだ」
正樹は肯定した。
それから、説明を始める。
「彼らに鬼の能力を与えた博士が組織の命令を無視するようになったらしい。研究成果を渡さなくなった。それで、組織は博士に対し、適切な処置を行うことにしたそうだ」
適切な処置。
その言葉に冷たさを感じる。
「博士の研究室を襲撃したらしい」
やはりそういうことなのかと美鳥は思った。
「組織は博士の身柄を拘束し、研究結果を取りあげた。でも、ただひとつ得られなかったものがあった」
「あの男のこと?」
「そう。騒ぎに乗じて、研究施設から逃げだしたそうだ」
「そして、組織を離れて、だから、自分で人の血を……」
「ああ」
正樹は大きくうなずいた。
「これが、吸血鬼事件の真相だ」
闇の組織に鬼の能力を与えられたが、人の血を欲するようになった。
その後、組織から逃げだした。
人の血がほしくても、組織を頼るわけにはいかない。
自分でどうにかするしかない。
だから、人を襲い、血を吸って、殺すようになった。
ようやく、あの男の正体がわかった。
眼のまえにいる美しい鬼のおかげで。
しかし。
「どうして、私に真相を教えてくれたの?」
ありがとうと礼を言う気にはならなかった。
感謝の気持ちはあるが、それよりも疑念のほうが大きい。
話した内容は身内以外には知られたくないことではないのか。
それなのに、なぜ。
美鳥は正樹から眼をそらし、西村のほうを向く。
相変わらず眠っている。
正樹に指示されたとおりに。
なぜ、こんなことまでしたのか。
理由がわからない。
ふたたび、美鳥は正樹を見る。
その視線を受け止めて、正樹はふっと笑った。
周囲が明るくなったような気すらする華やかさだ。
「君と会って話をしたかったからさ」
正樹は艶やかな美声で答えた。
「以前から、君たち親子のことは知っていた。天女の子孫らしいね」