天女の血
「僕たちはとうぜん身内の者の奪還に動いた。でも、相手が厄介すぎて、なかなか手を出せずにいた。その頃、吸血鬼事件が始まった。まさか自分たち一族と関係があるとは思わなかった。僕たちの一族にあんなことをする者はいないからね。変化をすれば牙はあるが、それで血を吸ったりはしないんだ」
しかし、それなら、鬼の能力を持ったあの男が血を吸うのはなぜか。
疑問に思い、美鳥は眼を細めた。
「吸血鬼事件の二件目が起きてしばらくした頃に、僕たちは組織の者を捕まえることに成功した。そして、いろんなことを聞き出した。ああ、でも、拷問のようなことはしていないよ。僕には、ある程度の時間、他人を従わせる力があるからね」
その力を使って西村を自分の意のままに動かしたのだ。
「と言っても、この能力は鬼の一族のそれぞれの頭領クラスにしかないし、僕はその中でも能力が強いほうなんだ」
正樹は自慢のようなことを、さらりと告げた。
まったく引っかかりを覚えないのは、その美しすぎる容貌のせいだろうか。
「捕まえた組織の者は、鬼を捕らえて人体実験をしたケースには直接関わっていなかったが、そのケースについて多少は知っていた」
話が元にもどった。
ふと、正樹の顔が陰る。
「組織に捕らえられた鬼、僕の従兄弟は、その身体を研究の材料として使われた結果、命を落としたらしい」
死んでしまったということ。
その事実は、美鳥の胸を強く重く打った。
どのような研究をしたのだろうか。
想像したくない。
正樹は話すのをやめて、眼を伏せ、唇を引き結んでいる。
従兄弟のことを想っているのだろう。
そして、組織に対して怒りを感じているのだろう。
だが、少しして、正樹の眼がまた美鳥に向けられた。
「研究を担当した博士は、鬼の血を使って弾丸を作ったそうだ」
「弾丸……?」
え、と美鳥は戸惑う。
突拍子もないことを言われた気がした。
「そう。その弾丸を心臓に撃ちこめば、撃たれた相手は鬼の能力を持つようになるらしい」
正樹は平然と続ける。
「弾丸というのは比喩だろうと思うよ。骨髄移植をすると骨髄の提供者の血液型に変わったりするって聞いたことがある。それと似たようなことなのかもしれない」
それは不確かな推測にしかすぎない。
だが、美鳥はなんとなく納得した。
「作られた弾丸は六個。そのうち二個は使われたそうだ。鬼の一族の者ではないのに、鬼の能力を持つ者が、ふたり、できたらしい」
その片方が、あの男なのだろう。
「でも、彼らは僕たちとは違って、人の血をほしがるようになったらしい」
生まれつきではなく、後天的に、ある意味、無理矢理に、人ではない能力を持つようになった。
その副作用のようなものだろうか。