天女の血
鬼はいる。
そう明良が断言したのを思い出した。
美鳥の頭は冷静さを少し取りもどす。
「じゃあ、あなたはあの男の、あの事件の犯人の仲間……?」
「あれは鬼の一族の者じゃない」
きっぱりと、正樹は否定した。
見目麗しい顔、その柳眉がわずかにあがり、笑みの浮かんでいた白くなめらかな頬は引き締まった。
特に印象的な切れ長の眼の黒い瞳が鋭くなっている。
あの男と一緒にされるのは不愉快。そんな感じだ。
「でも、あれの身体には竹沢の一族の者の血が流れてる」
美鳥は眉をひそめた。
一族の者ではないのに、一族の者の血が流れている。
どういうことなのだろうか。
「一年近くまえに、僕の血に近い者が姿を消した。僕ほどじゃないが、鬼としての能力がある者だ」
僕ほどじゃない。
おそらく、正樹は一族の中で高い地位にいるのだろう。
もしかすると一族の頭領なのかもしれない。
それにしては若い気もするが。
美鳥よりは確実に年上。
だが、二十代だろうと思う。
「自分の意志で失踪したのかもしれないが、放ってはおけない。だから、行方を追った。その結果、厄介な組織に捕まってしまったらしいことがわかった」
「厄介な組織?」
「武器を密造して、密売する組織だ。もちろん、違法組織さ」
正樹は淡々と話す。
「でも、彼らはきわめて優秀な集団で、取り扱う商品は素晴らしい。取引したくなる。そして、敵にはまわしたくない。彼らの取引相手が国レベルの場合もあるらしいよ」
かなり危険な組織のようだ。
深い深い闇の中にあって、自分とは縁がないはずの、関わりたくない組織。
「そんな組織が僕の一族の者をさらったのは、人体実験の材料にするためだ。鬼の能力は武器になるからね」
正樹の声が、その表情も、厳しくなった。
美鳥は自分を二度も狙ったあの男のことを思い出す。
人間離れした力の強さと、スピード。
たしかに武器になるだろう。
だから、その能力を普通の人間に植えつけることができればと考えたのか。
建吾は言っていた。
あの男は鬼の一族とは関係のないところで生まれ育ち、ある日、突然、鬼の能力を持つようになった。そんなふうに、俺は思います。
その推測はまさしく正解で、あの男は正樹の血縁者の鬼としての能力を組織から与えられたということか。