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天女の血

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なんの用だろう。
思いつかない。
けれども。
「うん、わかった」
とりあえず、そう返事をした。
「じゃあね」
明日香は笑顔で手を軽く振る。
「うん」
それに応えて、美鳥は手を振り返す。
明日香は踵を返し、去っていった。
「……なんで西村先生が?」
乃絵に聞かれる。
だから、美鳥は乃絵を見た。
「さあ?」
呼びだされた本人もその理由がわからない。
「もしかして、調理部の話かな?」
西村は美鳥の所属している調理部の顧問でもある。
だが、それにしても、呼びだされる心当たりがない。
「まあ、とにかく行ってくる」
「うん」
美鳥は乃絵と別れ、カバンを持って家庭科室に向かう。
一階までおりた。
廊下を進む。
ずらりと並んだ窓の向こうに、まだ陽が落ちていなくて明るい外の様子が見える。
家庭科室は廊下のつきあたりにある。
そのまえに到着すると、美鳥は戸を開けた。
中に入る。
どの窓のカーテンも締めきられている。
家庭科室なので、ガスレンジや流しが一体になった机がいくつか設置されている。机のそばには丸イスがある。
向こう側には、壁に黒板、大きな教卓。
その教卓のほうを向いて、美鳥には背を向けて、二十代後半の女性が立っている。
「西村先生……?」
なんとなく妙だなと感じながら、美鳥は声をかけた。
すると、西村が身体ごと振り返った。
ハッと美鳥は眼を見張る。
息をのんだ。
西村はいつもと違い、うつろな眼をしている。
その手には包丁が握られている。
何事なのか。
わからない。
驚き、混乱する。
そんな美鳥のまえで、西村は包丁を持った手をあげた。
包丁の刃先を自分の首に近づける。
まるで自殺しようとするかのように。
「せん……!」
先生、と呼ぼうとした。
しかし、できなかった。
口をふさがれていた。
いつのまにか、うしろにだれかが立っていた。
そのだれかが美鳥をうしろから抱くようにして口をふさいでいる。
「先生を死なせたくなかったら、さわがないで」
男の声が聞こえてきた。
作品名:天女の血 作家名:hujio