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天女の血

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三、


ショートホームルームが終わると教室内の空気がゆるんだ。
それまでもなごやかな雰囲気ではあったものの、やはり、ある程度の緊張はあったらしい。
クラスメイトが席をたつ音、明るい話し声、様々な音が混ざり合う、そんなざわめきもなんだか心地良い。
「美鳥」
乃絵が前方から近づいてきた。
元気いっぱいの笑顔を美鳥に向けている。
「電信柱に連絡するの?」
乃絵の中では建吾はすっかり電信柱であるようだ。
そういえば、今朝、登校すると、昨日の帰りに予想したとおり、親しい者だけでなく顔見知り程度の生徒からも建吾について聞かれた。
彼はだれなのか。
どういう関係なのか。
それに対して答えたのは乃絵である。
美鳥が変質者と遭遇したから父親の幼なじみの甥である建吾が護衛のために来たと簡潔に説明した。
さらに、顔良し頭良し運動神経良しで完璧すぎるため、まわりから少し距離を置かれ、寂しい想いをしているらしいと、切々と語った。
だから電信柱と親しみをこめて呼んであげてね、と頼んだ。
聞いていた者たちは建吾に同情した様子だった。
もちろん、それは乃絵の話の中の建吾だ。
建吾がまわりから同情されたいと思っているかどうかはわからないし、電信柱と呼んでほしいと頼んではいない。
しかし、転入してきたら、いろんな生徒から電信柱先輩と親しげに声をかけられるようになるのだろう。
「ううん、もうちょっとあとにする」
美鳥は首を横に振った。
「今すぐ連絡したら、また校門の近くでしばらく待ってもらわないといけないし」
今、建吾は学校の近くの書店で美鳥から連絡が入るのを待っているはずだ。
「それもいいんじゃない? 電信柱は見た目がいいから、それを眺めたいって子もいそう」
「いや、それじゃあ見せ物みたいでしょ」
「電信柱の場合、見られ慣れていると思うけどなぁ」
乃絵は首をわずかにかしげた。
「でも、まあ、いいや」
あっさりと明るい表情にもどる。
「私はこれから掃除。終わるまで待っててね」
「うん」
そのあと、後片付けを少し手伝うことにした。
掃除当番以外の生徒のほとんどは教室からいなくなっている。
「市川さん!」
呼びかけられた。
その声のほうを見る。
教室の出入り口の向こうの廊下に、クラスメイトの早見明日香が立っている。
いったん教室を出て、またもどってきた様子だ。
「西村先生から、伝言、頼まれた」
明日香は家庭科教師の名前を告げた。
「家庭科室に来るようにって」
作品名:天女の血 作家名:hujio