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天女の血

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やがて、三階まで達した。
廊下を歩く。
都築探偵事務所、というネームプレートの貼られた扉のまえで、十兵衛は立ち止まった。
扉を開けて部屋に足を踏み入れる。
まず、ついたてが眼に入ってきた。
いつものことだ。
十兵衛はどんどん進む。
応接セット、事務机、それよりも立派な机、そして机の向こうに座っている人が見えた。
その人物は十兵衛と眼が合うと、にっこりと笑った。
都築征司、この部屋というよりこの五階建てのビル全体の持ち主である。
「やあ、十兵衛」
ほがらかな声で呼びかけつつ、都築は立ちあがった。
歳は四十過ぎに見える。
十兵衛は都築の歳を知らない。
しかし、中年と言える歳だろうが、オッサンなどとは呼べない洒落た雰囲気がある男だ。
「やあ、じゃねェだろ、アンタが呼びだしたんだからな」
素っ気なく言って、十兵衛は応接セットの黒い布張りのイスに無造作に腰かけた。
都築が笑顔のまま近づいてくる。
その顔をジロリと見て、十兵衛は問う。
「話があるって言ってたが、仕事か?」
十兵衛は都築探偵事務所でアルバイトをしている。
仕事が来るのは不定期だ。
このまえ仕事したのは、一週間ほどまえだ。
けれども、一件につきの報酬が高額なので、問題ない。
都築はテーブルをはさんで向かいに座った。
「いや、最近、会ってなかったから、仕事はないけど話をしようと思ってね、うちの暴れん坊と」
「気持ち悪ィ呼び方するんじゃねえ!」
速攻で十兵衛は言い返した。
背中がぞわぞわと粟立っている気がする。
「仕事の話じゃねェのなら、帰る」
十兵衛はイスから立ちあがった。
それから踵を返そうとした。
だが。
「仕事じゃないけど、おもしろい話があるよ」
都築が言う。
「あの吸血鬼事件の」
踵を返せなくなった。
作品名:天女の血 作家名:hujio