天女の血
男は紙幣を抜き取ると、財布を倒れた男の身体へと投げつけた。
「ああ、クソッ……!」
予想していたよりも財布の中身が少なかったことへの不満、そして、理由のわからないイラ立ち。
胸の底からわきあがってきたものを抑えず、それを倒れている男へぶつける。
意識を失っている男の背中を踏みつけた。
「うっ……!」
足下から、うめき声があがった。
殺してはいないので、あたりまえか。
だが、意識がもどったのなら少し面倒だ。
男は犯行現場から立ち去ることにした。
空き地を離れ、何事もなかったように道を歩く。
夜なのにサングラスをしている。
今日買ったばかりのものだ。
以前に使っていたサングラスは、昨日の夕方、壊れてしまった。
あのアロハシャツの男と戦ったときに。
思い出す。
やけに強い男だった。
自分は作りかえられてから、変化しなくても平均以上の強さを持つようになった。
さっきも、変化せずにあの中年の男を襲って、一方的に攻撃し、叩きのめしたのだ。
だが、アロハシャツの男には通用しなかった。
だから、変化した。
圧倒的に強くなった。
それでも、アロハシャツの男を倒すことはできなかった。
あの娘を連れ去られてしまった。
今日も、そうだ。
別の男があの娘と一緒にいて、その男のせいで、あの娘を自分のものにすることができなかった。
あの男とは戦っていない。
自分は変化した。
身体能力はあの男をはるかに上まわっていたはずだ。
しかし、それでも、動けなくなった。
あの男の迫力におされた。
俺は強いぞ。
そう、あの男は告げた。
そのとおりだろうと、感じた。
肌に感じた。
この男には勝てない。
頭が勝手にそう判断して、身体が動かなくなった。
自分のほうが強いはずなのに。
きっと、自分が作りかえられるまえの、弱かった頃の記憶が染みついているせいだ。