天女の血
「俺が行こう」
圭がイスから立った。
「車を出す」
車庫に停めてある車のことだ。
「そのほうが安全だろうし、荷物も乗せられるから楽だろう」
かなり良い提案である。
美鳥の顔が輝く。
「はい、ぜひ、お願いします……!」
なんて気のきくひとだろうと思った。
「じゃあ、俺たちは」
「留守番だ」
十兵衛の問いに対し、圭がきっぱりと答えた。
「……ということは俺はこのひととふたりきりですか?」
今度は建吾が聞いた。
質問というよりも確認だろう。
確認するまでもないことを、あえて確認したのは、できればそれを避けたいと思っているからではないのか。
声も、表情も、沈んでいる。
その理由は。
「ああ、じゃあ、せっかくだし、ケンカしよーぜ」
これに違いない。
十兵衛は嬉しそうな様子で建吾を見ている。
しかし、建吾から嫌そうな気配がそこはかとなく漂っている。
「せっかくだし、の意味がわかりません」
「時間があるからってことだ」
「この家の中で暴れるのはゆるさないから」
美鳥は建吾に助け船を出すことにした。
鋼のように堅い声で告げる。
「ここは、うちの家です。家主の娘の立場から、ケンカを禁じます」
「じゃあ、家の外で」
「うちの家の近辺でのケンカも禁じます。近所迷惑だから」
「えー」
「もし留守中にケンカしたら、うちの家への出入りを禁止します」
「そりゃーないぜ、ミドリン」
「今度そんな妙な呼び方をしたら、他のひとには紅茶を出して、ひとりだけ水道水を出します」
「それだけはご勘弁を、美鳥様」
ガックリと十兵衛はうなだれた。