天女の血
趣味悪ィなぁ。
美鳥の耳に昨日に聞いた十兵衛の声がよみがえった。
神社で美鳥があの男に捕らえられているとき、そう言って十兵衛はあらわれたのだ。
その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
笑って見せながら、内心、あの男に強い嫌悪を感じていたのかもしれない。
「まァ、情報が少なすぎて、アイツが何者なのか、結局わからねェんだけどな」
十兵衛は気分を切り替えたらしく、顔から陰りが消えた。
「確実なのは、鬼のような姿に変化することと」
その眼を美鳥に向ける。
「アンタにこだわってるってことだ」
「うん」
あまり認めたくないことだが、認める。
現実逃避してもしかたない。
「ケンカの仕方がよくわかってねェ感じだが、変化すると人間離れした力とスピードが出るらしいし、自分のやってることに罪悪感もないようだから、厄介な相手であるには違いねえ」
「できる限り、俺が護ろう」
圭が告げた。
深みのある声。
頼りにできる、と感じる。
「俺は自由業だから、ちょうどいい」
「アンタがあの白河景だったとはな」
白河景。
言うまでもなく、ベストセラー作家だ。
その作品の多くがテレビドラマ化や映画化され、その映像化作品もよく大ヒットしている。
「俺は白河景は女だって思ってたんだがなァ」
「……うん」
十兵衛に同意した美鳥の声は暗く重いものになった。
白河景は経歴を一切あきらかにしていない覆面作家だ。
しかし、その作風から女性だと思われている。
運命に翻弄される純愛を軸にして、ダイナミックなストーリーと共に、登場人物の心理や四季の移ろいを細やかな筆致で描き、特に女性読者の支持を得ている。
作品にハズレがほとんどなく、感動させられる。
美鳥も愛読者のひとりだ。
読みながら、涙したこともある。
鋭いツッコミが得意技のクールな性格だとまわりから思われているので、白河景の本を読んでいることさえ隠しているのだが。
まさか、白河景が男だったなんて。
美鳥は圭を眺める。
それも、こんなに長身で強そうな男のひとだったなんて。
これまで抱いていたイメージと違いすぎる。
圭は悪くないのだが、ショックだ。