天女の血
「あの男はこれまでに五人もひとを殺してる」
言っておくが、俺は強いぞ。
おまえが向かってくるのなら、俺はおまえを倒す。
建吾があの男に告げた言葉が耳によみがえった。
あれが時間稼ぎのハッタリだったとは、思えない。
「そんな相手、普通だったら怖い。あんなふうに強くは出られない」
長引かせればいいとわかっていても。
いや。
普通なら、長引かせればいいなんて冷静な判断を、あの状況ではできないだろう。
「時間稼ぎをしたのは本当のことなのかもしれない。だけど、あの男が向かってきたら、倒すつもりだったんでしょう? 本気だったんでしょう?」
思いつくまま話すうちに、頭の中がすっきりとしてくる。
答えが見えてきた。
違和感の正体。
「あの男が攻撃してきても、勝てる自信があったんでしょう?」
ハッタリなんかじゃない。
あのときの建吾の言葉、そして、王者の風格のようなものまで漂わせていた態度。
あれは、自信に裏打ちされたもの。
向かってくるのなら、戦う。
戦えば、自分が勝つ。
そう本気で思っていたからこそ。
その建吾の気迫におされて、あの男は動けなくなった。
たいしたことではない。
そんなはずはない。
「……四守護家のそれぞれの家の直系に近い者は、幼い頃から武芸の修練をさせられます」
少し間があってから、建吾は話し始めた。
「俺は高校進学時に家を離れて学校の寮に入りましたが、それまで郷にいました。白坂の当主の嫡男である圭さんは、明良さんが家出したしばらくあとに郷を離れたので、俺が白坂の嫡男のような扱いを受けました」
白坂の嫡男のような扱い。
幼い頃から武芸の修練をさせられたということだろう。
「他の四守護家にも俺とわりあい歳の近い者がいて、みんなで一緒に、ときには競い合うように、身体を鍛えました」
そうした経験を経て、幼い頃から叩きこまれて、強くなったのだ。
五人ものひとを殺した男をまえにして臆さず、それどころか圧倒するぐらいに、強く。
「圭さんも強いです。あのひとは昔から明良さんを護ると決めている。離れていても、いざというときは護れるように鍛錬を怠らない。護る相手のいる強さです」
建吾が眼を細めた。
なにかを思い出すように。
「俺も決めています」
そして、続ける。
「あの雨の日から」
「……え?」
美鳥は戸惑う。
話の流れがよくわからない。
どういうことなのか問おうとした。
けれども。
「なんでもないです」
建吾は少し笑い、話を終わらせるように眼をそらした。