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天女の血

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「……大丈夫」
どうにか声を出して返事をする。
頭にはさっきまでのことが浮かんでいた。
おまえの血がほしい、と言われた。
そして、去り際にあの男は赤い眼を物欲しげに向けてきた。
自分は狙われている。
標的にされている。
その事実に、ぞっとする。
だが、同時に、助かったと思う。
助けられたと思う。
自分ひとりだったら、あの男にさらわれ、その欲望の犠牲になっていただろう。
美鳥は弱々しく力の抜けていた身体に力を入れ、背筋をしっかりと伸ばす。
そして、建吾を真っ直ぐに見た。
「ありがとう」
このひとがいてくれて良かった。
護ってくれたから、助かった。
その感謝の気持ちを伝える。
すると。
建吾の整った顔の口角がわずかにあがった。
頬に笑みが浮かぶ。
電車の中で見せたのと同じ。
いや、あのときよりも、やわらかい、優しい笑みだ。
眼が惹きつけられる。
建吾は口を開いた。
「俺はたいしたことはしていません」
それを聞き、美鳥は驚く。
「そんなことない」
充分たいしたことだ。
「あの男と対等に渡りあってた、違う、あの男を圧倒してた」
だからこそ、あの男は襲ってこず、退散することになったのだ。
「自信がありましたから」
あっさりと建吾は言った。
「勝てる自信?」
そう美鳥が聞くと、建吾はまた少し笑う。
一瞬、沈黙があった。
それから、建吾は話す。
「あの男はこれまで五件もの殺人事件を起こしながら、警察に有力な手がかりをつかませていません。五件に関しては目撃者がいるという話を聞いたことがありません」
五件に関してと前置きしたのは、美鳥の場合には美鳥本人を含めて目撃者がいるからだろう。
「つまり、あの男は自分の犯行を他人に見られないようにしているんです」
例外は美鳥の件だけ。
「さっき、あの男はこの道にあらわれました。その段階で、俺の勝ちです」
建吾は断言した。
その姿には、あの男を圧倒していたときのような風格がかすかにある。
作品名:天女の血 作家名:hujio