天女の血
「おまえは、あの女よりも、いいにおいがする。あの女より、ずっとずっと、いいにおいだ」
男の声にはうっとりとした響きがあった。
「おまえの血はうまいんだろうな。身体もいいんだろうな」
楽しげだ。
口をふさいでいるのではないほうの手が動く。
美鳥の身体をまさぐる。
気持ち悪い。
こわい。
背中を冷や汗が流れ落ちているのを感じる。
胸が痛い。
心臓を強くつかまれたよう。
握りつぶされる。
恐怖で。
眼をつむる。
視界が真っ暗になった。
そのとき。
「趣味悪ィなぁ」
男の声が聞こえてきた。
だが、それは美鳥を捕らえている男の声ではない。
ハッとする。
眼を開けた。
身体は思うように動かない。
けれども、声が聞こえてきたほうに、どうにか眼を向ける。
美鳥よりは年上だろう、若い男が立っている。
派手なアロハシャツにジーンズという格好だ。
髪は栗色。
その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
余裕の表情だ。
「アンタが吸血鬼事件の犯人か?」
アロハシャツの男は問う。
物騒な内容だが、平然としている。
美鳥を捕まえている男は返事をしない。
すると、アロハシャツの男はまた口を開く。
「黙ってるってことは、否定しないってことだよな」
そして。
「なら、ぶん殴ってもいいってことだ」
ニヤッと笑った。
愉快そうな、危険なものがはじけたような、凶悪な笑み。
「ケンカしようぜ」
アロハシャツの男が近づいてくる。