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天女の血

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小城は言う。
「羽衣を返してしまったら、舞を舞わずに天に帰ってしまうのではないかと白龍が言ったとき、天女は言い返した。偽りがあるのは人間のあいだだけで、天に偽りはないって」
その眼は羽衣のページに向けられている。
「それを聞いて、白龍は天女に羽衣を返した。天女は約束したとおり舞を舞い、舞ながら天へ帰って行った」
話し終わると、小城の眼が美鳥の顔に向けられた。
「市川さん、能に興味があるの?」
じっと見ている。
顔にはやわらかな笑みが浮かんでいる。
距離が近いことに、美鳥は内心、少しあわてる。
「はい、ちょっと……」
歯切れの悪い返事になった。
興味があるのは能ではなく天女のほうだが、なるべくそれには触れたくない。
天女の子孫だから、なんて、言えない。
美鳥は本を閉じた。
本を元の場所にもどす。
「そういえば、市川さん、家の最寄り駅は伊左駅だよね?」
「はい」
答えながら、あれ、と不思議に感じる。
自宅の最寄り駅が伊左駅だと小城に話したことがあっただろうか。
それに、話したことがあったとしても、それを小城がよく覚えていたものだと思う。
だが。
「昨日、伊左駅の近くの神社で石灯籠が何者かによって壊されたらしいね」
その小城の言葉に、美鳥の疑問は吹き飛ばされる。
石灯籠が壊されるのを自分は見た。
壊したのは自分ではない。
しかし。
神社の石灯籠、壊したのは向こうだが、下手すりゃ、こっちのせいにされるかもしれねえ。
十兵衛の言ったことが頭によみがえってきた。
弁償なんてことになったら、あの石灯籠、高いだろーな。
「物騒だよね」
「はい、そうですね」
美鳥は気まずさが顔に出ないよう努力する。
私が壊したんじゃない。
弁償なんかできないから。
そう胸の中で主張した。
作品名:天女の血 作家名:hujio