天女の血
「鬼、か」
視線を落として、十兵衛は言った
「存在を否定するわけじゃねーけど、実際にはいなくても説明がつくんだよな」
民俗学の話だろう。
「わかりやすい例だと、ずっと昔、海難事故かなんかで日本に来た外国人。外国人の特徴を聞いたことがなくて、外国人を初めて見た日本人が鬼だって勘違いしたっておかしくねェだろ」
それは、たしかに、わかりやすい。
美鳥は納得する。
「だが、鬼だって思ったってことは、それ以前から鬼と呼ばれるものがあったってことだ。ただ、これについちゃあ、広すぎるって感じだ。だからこそ、おもしろくもあるんだが」
「俺も鬼について調べたことがあるが、おまえの言うとおり、広いな」
「ああ。仏教伝来とともに伝わってきたインドや中国の鬼を取り入れて、それが日本でさらに変化していったりと、鬼の意味は本当に広い。ひとにはどうにもならない天災を鬼の仕業としたり、時の権力者に逆らう者たちを鬼として討伐の対象にしたり、あるいは、元はひとだったのが憎しみで鬼になったり、な」
「へえ」
「伊勢物語に、男が女を盗み、夜がふけてきたから女を蔵の奥に入れて、自分は戸口のほうにいたら、女が鬼に食べられたって話があるが、その鬼ってのは、本当の鬼じゃなくて、駆け落ちした相手の身分の高い女を取り返した者たちのことをさしてるらしいし」
「それ、古典の授業で読んだ」
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを、か」
さらっと圭が和歌を口ずさむ。
その和歌も聞いたことがあった。
「有名だからな」
「話を聞いてると、怖くてよくわからないものを、とりあえず鬼にしたって感じがするんだけど」
「まあ、そんなところだろ」
「じゃあ、鬼はいない?」
美鳥は十兵衛に問いかけた。
しかし。
「鬼は、いる」
十兵衛が答えるより先に、明良がきっぱりと言った。
ずっと黙っていたのに、いきなりなので、美鳥は驚く。
「お父さん」
どういうことなのだろうか。
美鳥の視線を受けて、明良はふたたび口を開く。
「これまでの話に出てきたのと同じかどうかわからないけど、この日本に鬼はいる。角に牙、赤い眼、それに力がものすごく強い。ただし、通常はひとと変わらない姿で、角とかは変化したときにあらわれるものだ」
「うん、そう。私を襲ってきたのも、最初からじゃなくて、途中で、角が生えたりした」
そういえば、このことはまだ話してなかったはずだ。
だから、不思議に思う。
「でも、なんで、お父さんが知ってるの? 見たこと、あるの?」