天女の血
ふと、その眉がひそめられる。
なにか疑問を感じたような表情。
「ちょっと待て、三十六歳で十七歳の娘がいるってことは、十九歳のときの子供……?」
「ああ」
「若ッ」
思わずといった様子で十兵衛は叫んだ。
それから、さらに言う。
「ちなみに、そのとき、母親はいくつだったんだ?」
「母親? ああ、りっちゃ……じゃなくて、律子さんなら、そのとき、二十八歳だった」
明良はさらっと答えた。
「へえ、奥さんのほうが九歳年上だったのか」
「年上だったけど、律子さんは可愛いひとだった」
「のろけ、聞かされちまった……」
そんなふたりのやりとりを、美鳥は黙って聞いていた。
しかし、律子を可愛いと評するのは明良ぐらいだろうと思っている。
美鳥の覚えている限りでは、律子はまわりから男前だと言われていた。
ただし、その性格が男前だということであり、外見が男のようであったわけではない。
「アレ?」
また、十兵衛の眉根が寄せられた。
「高校卒業してすぐに家出したんだよな? ってことは、十八歳の春に家出して、十九歳の春には子持ちになってたってことだよな」
「ああ。家出して、いろいろあって困っていた俺を、律子さんが拾ってくれたんだ」
「拾ってくれたって、猫とか犬じゃねーだろ」
「律子さんは優しいから」
明良は眼を細めた。
思い出しているのだろう。
さっきまでとは打って変わって、やわらかい表情をしている。
「優しい、ってゆーか、豪胆だよな」
少し驚いたように十兵衛は言った。
美鳥も同じ感想である。
あまり強くはなさそうだとはいえ、明良は男だ。
それを拾うなんて。
しかも、結果、妊娠するようなことになったのだ。
けれども。
そのおかげで、美鳥は生まれた。
だから、ふたりが出会ったことを、律子が明良を拾ってくれたことを、感謝する。
それに、なれそめはどうであれ、ふたりは仲の良い夫婦だった。
美鳥は思い出す。
三人で暮らしていたときのこと。
これまで生きてきた中で、今が一番幸せだ。
そう言って、明良は本当に幸せそうに笑っていた。