天女の血
十兵衛は軽く笑った。
「俺も、まさかって思うぜ」
その眼は正面に向けられたままで、美鳥を見ていない。
「けどな、この家に来るまえに、想像上のものでしかねェと思ってたもん、見ちまったからな」
想像上のものでしかないと思っていたもの。
吸血鬼のことだろう。
「それ、思い出したら、天女が地上に舞い降りて人間と結婚したって話、否定できなくなってくる」
美鳥も吸血鬼のことを思い出した。
あれは、ありえないものだ。
だが、ありえないはずなのに、たしかに存在した。
あれが現実に存在するなら、天女が地上にいてもおかしくない。
そんな気がしてくる。
「それにさ」
十兵衛は言う。
「さっきから、ずっと違和感がある」
その視線の先が移動した。
明良を見すえる。
「俺は二十歳だが、その俺より少し年上ぐらいにしか見えねえ。十七の娘がいるようには見えねーよ」
十兵衛は明良に告げた。
あ、と美鳥は胸のうちで声をあげた。
台所に行こうとして呼び止められたときのことを思い出す。
アンタ、高校生?
そう十兵衛が聞いてきたのは、美鳥の歳を知りたかったからだろう。
「養女とか、奥さんの連れ子とか、いろいろ想像したが、話を聞いてたら、どうやら血のつながった親子のようだしな」
十兵衛はさらに言う。
「歳がいくつか、聞いてもいいか?」
その鋭い視線を受け止め、明良は見返した。
表情は厳しい。
なにかに挑むように少し胸を張り、口を開く。
「三十六」
はっきりと明良は答えた。
「見えねえな」
十兵衛は即座に感想を言った。