天女の血
吸血鬼事件の五人目の被害者と思われる女性の遺体が発見されてから、ほぼ一ヶ月が経過。
捜査関係者によると犯人につながる有力な手がかりは依然つかめていないという。
そこまで読むと、市川美鳥は携帯電話を操作して画面上の記事を消した。
携帯電話を膝の上のカバンに入れた。
直後。
「まもなく、イサー、イサに到着します」
車内アナウンスが流れた。
予想どおりだ。
さっき停車した駅からどれぐらい経てばこのアナウンスが流れるのか、身体が覚えている。
時間帯は違うが高校の通学にも使う電車である。
美鳥は席を立った。
ドアの近くに移動する。
やがて、電車が止まった。
すぐそばにあるドアが開く。
美鳥は駅のホームへとおりた。
小規模で古びた駅だ。
ベンチの赤茶色のペンキは所々はげている。
伊左、と駅名が書いてある看板は、端のほうがさびていた。
ここが美鳥の家の最寄り駅だ。
美鳥はホームを進み、改札を通りすぎた。
駅を出る。
いきなり住宅街だ。
店といえば、中途半端に古い和菓子店と理髪店がある程度で、コンビニはもちろんない。
美鳥は車がぎりぎり対向できるぐらいの幅の道を歩く。
陽はまだ沈んでいない。
だが、それは日が暮れるのが遅くなってきたからで、今は夕方といっていい時刻である。
今日は園田乃絵と映画を観に行った。
乃絵はクラスメイトで親友だ。
映画を観たあとカフェで話をして、楽しくて、つい予定よりも帰るのが遅くなってしまった。
家では仕事が休みの父親が待っている。
母親は美鳥が八歳の頃に交通事故で亡くなった。
美鳥が夕飯を作らなければならない。
父は料理ができるが、おそろしいほどの味覚オンチなのだ。
早く帰らなければ。
そう思い、美鳥の歩く足が速くなる。
左手に神社が見えてきた。
見慣れた景色。
ふいに。
うしろにだれかが迫ってきた。
「!」
背中を抱かれた。
口を大きな手のひらでふさがれた。
息を呑む。
身体が硬くなる。
背筋がゾッとした。