天女の血
一、
青空が、高いビル群に切り取られている。
その空の下、幅の広い道路が真っ直ぐに伸び、車が走っている。
車道の両側にはイチョウ並木が続く。
葉が生い茂っている。
その色は、緑みの強い黄緑色。
歩道を行くひとびとの装いも初夏のものだ。
陽ざしは強い。
午を過ぎてしばらくたち、しかし、日が暮れるにはまだ早い時刻。
そのわりには、ひとが多い。
今日が日曜だからだろう。
男はサングラス越しにあたりをさりげなく観察していた。
カフェのオープンテラスの席にいる。
テーブルにはコーヒーが置かれている。
そのカップを手に取った。
けれども、男はそれを口には運ばず、もてあそぶ。
眼を、左ななめ方向にある席にやった。
高校生ぐらいの少女がふたり、話をしている。
ひとりは小柄で、可愛らしい顔立ちをしている。
やわらかそうな茶色っぽい癖毛は、肩には少し届かない。
膝上丈のデニムスカートからは、細すぎず太すぎもしない健康的なラインを描いた脚が伸びている。
もうひとりは、座っていても、やや長身であるのがわかる。
メガネをかけ、長くて真っ直ぐな黒髪はうしろでひとつに束ねられている。
彼女もスカートをはいているが、膝は隠れている。
全体的に堅い印象だ。
彼女たちは、さっき、このカフェに来たばかりだ。
それを男は知っている。
彼女たちを追って、このカフェに来たのだから。
男の眼は小柄な少女ではなく堅い印象の少女に向けられている。
このカフェに来るまえ、歩道ですれ違った。
面識はまるでない相手だ。
とおりすぎて終わり、のはずだった。
だが。
あのとき。
少女のすぐ横をとおったとき。
甘い、においがした。
頭の芯がくらりとくるような、魅惑的なにおい。
香水ではない、シャンプーや石けんの香りでもない。
あれは、血のにおいだ。
少女の身体を流れる血のにおいだ。
俺の獲物だ。
それも、極上の獲物だ。
男はカップを口に運んだ。
コーヒーを飲む。
本当に欲しいのはこれではないと思いながら。