天女の血
「そうか」
十兵衛は言う。
「俺は大学三年だ。十月生まれだから、二十歳だ」
美鳥は眼を見張る。
「大学生……!?」
「ああ、そうだ。そんなに驚くことか?」
「カタギのひとだったんだ……」
「俺はカタギには見えないってのかよ」
「それについてはコメントを差し控えたく」
「オマエは政治家か!」
その十兵衛のツッコミをかわすように、美鳥は背を向けた。
居間を出る。
しばらくまえに男に襲われ、このあとは深刻な話になるはずだが、今は妙に心が浮きたっていた。
十兵衛の傷の手当てが終わった。
居間に、四人いる。
テーブルには美鳥が用意した紅茶とお菓子が置いてある。
そのテーブルを挟んで向かい合い、イスに座っている。
美鳥の隣には十兵衛、明良の隣には圭がいる、という配置だ。
「さて」
圭が口火を切った。
「話を始めるか」
みんな、堅い表情だ。
あたりの空気が重く感じられる。
「まず市川という名字についてだが、それは明良の亡くなった妻の律子さんの家のものだ」
「つまり、婿養子に入ったってことか?」
「それは違う。入籍時に、妻の氏を選んだということだ」
穏やかに圭は話す。
「入籍するまえの明良の姓は春日。明良は春日家の人間だ」
当人である明良は黙っている。
話したくないことなのだろう。
しかし、それでも美鳥は聞きたくなって、そうする。
「お父さんは、お母さんと同じで、家族を早くに亡くしたんだよね……?」
これまで聞かされていたことを確認する。
その問いに答えたのは、明良ではなく、圭だった。
「いや」
首を軽く横に振った。
そして。
「明良のご両親も、明良の兄にあたるお二方も、お元気でいらっしゃる」
そう続けた。