天女の血
「逃げたとき、自分が妊娠しているのに気づいてなかった。気づいたのは、遠く離れてから。りっちゃんに拾われたあと」
この話をした相手は、今、圭に話した以外では、路頭に迷いかけていた自分を拾ってくれた律子だけである。
できる限り、だれにも話したくないことだったからだ。
それは今も変わらない。
話したくない、触れたくないこと。
しかし、圭に知っておいてもらいたかった。
出産も子育ても自分が望んだこと。
だが、妊娠は違う。
妊娠にいたるまでのことは、望んでいない、自分の意思に反することだった。
それを圭に知らせたかった。
けれども、話し終わった今、怖くもあった。
圭は今なにを思っているのだろうか。
話したことはすべて本当にあったことだ。
でも、打ち明けられて、楽しい内容ではない。気が重くなるようなことばかりである。
強姦、監禁、そして、傷害。
特に軽傷で済んだとはいえ他人を刺したことを圭がどう思っているのか気になる。
そんなことをする人間だとは思っていなかっただろう。自分でもあんなことをしてしまったのが信じられないぐらいなのだから。
圭は去っていくかもしれない。
自分は、圭が想ってくれていたような昔の自分とは違うのだ。
身体はさんざん犯されたし、そして、心は、カッとなれば他人を刺す。
思っていたのとは違ったと判断されてもしかたない。
圭が離れていくかもしれない。
そうなってもしかたがないものの、そうなれば、やはり、悲しい。
不安で、怖くて、圭の顔を見られない。
頭をあげることができない。
話さなければ良かった。
家出したあとに出会ったばかりの男と妊娠するようなことをしたと思われてもかまわなかったのだから、話さなければ良かった。
今さら、そんな後悔をしてしまう。
言ったことを取りもどして自分の中におさめて、言わなかったことにできたらいい。
そう思ったとき。
「すまない」
圭の声が聞こえた。
え、と明良は戸惑う。
どうして圭が謝るのか。
わからないから知りたくて、明良は頭をあげた。
圭の顔を見る。
強い眼差しとぶつかった。
心まで射抜かれる。