天女の血
圭が口を開く。
「助けに行けなくて、すまなかった」
そう告げられて、だが、その意味がよくわからない。
「……なんのこと?」
「さっき、言っただろう。怖くて、俺の名前を呼んだって」
怖くて、圭の名前を呼んだ。
宜也にさらわれて犯されようとしていたときのことだ。
「そんなの、しょうがないよ。助けに来られるわけがなかったんだから」
「それでも俺は助けに行きたかった」
「圭」
明良は驚く。
あのとき、圭は明良がどこにいたのかを知らず、名前を呼んだところで聞こえないところにいたはずだ。魔法でも使えない限り、助けに行くのは無理だったのだ。
なぜ、そんな無理な話をするのだろうか。
頭の良い圭らしくない。
「俺は、おまえを助けに行きたかった」
圭は強い口調で同じことを言った。
なにかに耐えるように顔をゆがめている。
「おまえを助けたかった。つらいめにあわせたくなかった。もしも、おまえが身体の異変を打ち明けてくれたときに俺がちゃんと対処していれば、さっき聞いたようなひどいことにはならなかっただろう。もっと早くにおまえに追いついていれば、絶対に、命に代えてでも、おまえを護ることができたのに……!」
いつもは自分を律しているのに、今は抑えきれない様子で、心の乱れが声にも表情にもあらわれている。
くやしい。やりきれない。
そんな思いを感じ取った。
圭は真摯な眼差しを向け、続ける。
「助けに行けなくて、すまなかった。つらいめにあわせて、すまなかった。護れなくて、すまなかった」
謝罪をくり返した。
その言葉が、胸に響いた。
明良は眼を伏せる。
何気なくやった視線の先に、圭の手があった。
拳に握られている。
強く、強く、握りしめられている。
ああ、と思う。
過去の話を聞いていて、圭もつらかったのだろう。
自分を責めていたのだろう。
それは、相手のことを大切に思っているからこそだ。
深く想われている。
眼には見えない、けれども、感じる。
まるで体温のように、心に触れて、伝わってくる。
その想いに反応して自分の中にある想いが熱を帯び、その熱が身体を動かす。
手を圭のほうにやる。
圭の強く握りしめられている右の拳を、手のひらでそっと包む。
どうして自分がこんなことをしているのかわからない。
しかし、そうせずにはいられなかった。