天女の血
「……翌朝、女の身体から男の身体にもどった。向こうはかなり驚いた。それで、事情を説明させられた」
自分が天女の子孫であり、天女の血が目覚めてしまったらしく、男の身体から女の身体になるようにもなったことを、宜也に話した。
「こういう事情だから、こちらは被害を訴え出られない。だから、なにもなかったことにするから解放してほしいって頼んだ。でも、ダメだった」
明良は豊原家に監禁され続けた。
監禁といっても、牢のような場所に閉じこめられていたわけではない。
広い豊原家を自由に歩き回ることができた。
しかし、あの家の中だけではなく、町全体が豊原の支配下にあり、家から逃げだしたところで、すぐにつれもどされそうだった。
「一ヶ月ぐらい経った頃に、初潮が来た。自分の身体は妊娠するのかもしれないって、怖くなった。だから、せめて避妊してほしいって頼んだ。でも、それもダメだった。女の戸籍をこちらで用意するから結婚してほしいって言われていて、だから、妊娠すれば、それに応じるだろうって思ってたみたいだ」
結婚については、豊原家につれてこられて、しばらくもしないうちに、申しこまれた。
明良が断ったので、何度も、だ。
律子の死後に会うようになってからも、そうだ。
宜也は諦めずにプロポーズしてくる。
「待遇は悪くなかった。いい暮らしをさせてもらっていたと思う」
豊原家の財力は、明良から見れば、すごいの一言に尽きる。
身のまわりのもの、与えられるもの、すべてがレベルの高いものだった。
「日が経てば、その環境に慣れたりもする」
それに、性的関係を強要する以外は、宜也は誠実で良い人物だった。
「でも、つらくなかったわけじゃない」
どれほど良いものを与えられても、どれだけ優しくされても、やはり、解放されたかった。
だが、それを頼んでも、聞いてもらえなかった。
「つらいなって思って、気持ちが沈むときには、昔のことを思い出してた」
飛び出したくせに、郷での日々のことが、やけに恋しく感じられた。
そして、つらいときに、もっとも多く思い出したのは、圭のこと。
「郷を出るときに、写真を持って出た。圭の写ってるの。つらいときに、ひとりでいるときに、こっそりそれを見て、昔のことを思い出してた。圭のもとにもどれないって思っていたけど、思い出したら、少しは気分が浮上した。思い出が心の支えだった」
自分にとっては、ささやかで、しかし、重要なことだった。
けれども。
「あの日も、同じだった。でも、いつもと違って、気づかなかった。部屋にだれかが近づいてきてるのに、気づかなかった」
気づいたときには、宜也が部屋に入ってきていた。
明良は驚いた。
「写真を隠そうとしたけど、見つけられて、取りあげられた。そのうえ、破かれた」
やめて、と明良は止めた。
ただの写真。
しかし、それは明良にとっては大切なものだった。
「おまえは俺がどれほどおまえのことを好きなのかわかっていないって言われた。俺のことを好きになってほしいって言われた」
そう言ったとき、宜也は悲痛な表情をしていた。
でも。
「そんなこと言われたって……!」
いきなりさらわれて、強姦されて、ずっと監禁されていたのだ。
さらに、心のより所にしていたものを破かれた。
「腹がたった。カッとなった」
頭に血がのぼった状態で、ふと、机の上を見た。
そこに、ハサミがあった。
「いつのまにかハサミを持ってた」
ハサミを握りしめていた。
そして。
「おまえのことなんか一生好きにならないって言って、向こうの脇腹に突き刺してた」