天女の血
脳裏によみがえる。
家出するまえ、生まれ故郷で圭と過ごした日々のこと。
圭も自分と同じ気持ちなのかもしれないと思ったときは何度もある。
だれよりも大切だと言われたりしたから。
しかし、だからといって同じ気持ちとは限らず、自分の希望的観測かもしれなくて、圭の言語センスがおかしいのだと思うようにしていた。
でも、希望的観測ではなかった。
伝えられた感情は、自分の抱いているのと同じものだったのだ。
嬉しい、と思う。
だからこそ、言わなければならないことがある。
これまで知られたくないと思っていたこと。
だが、それを、今は、知らせておきたい。
明良は心を強く持ち、圭を見すえ、口を開く。
「美鳥は、産みたくて、産んだ」
自分の身体に新しい命が宿っていることを知ったときのことを思い出す。
産むかどうか悩まなかったと言えば嘘になる。
悩んだが、律子という強い協力者がいて、産みたい気持ちを消さずに済み、そのまま、産むことができた。
「生まれたときは、生まれてきてくれてありがとうって、思った」
生まれたばかりの美鳥を見たとき、嬉しかった。
愛おしくて愛おしくて、しかたなかった。
産んで良かったと心から思った。
「嬉しくて、まわりに感謝した。こんなふうに無事に出産できたのは、自分ひとりの力じゃないって思った。だから、まわりのすべてに感謝した」
あのときの感動は、今も胸にある。
「産むのを決めたのは自分の意思。育てているのも、もちろん、自分の意思」
美鳥との生活は、心から望んでいるものである。
いずれ美鳥は離れていくかもしれないが、それまで、その成長を見守り、一日一日を大切にして暮らしていきたいと思ってる。
「でも」
明良の声が重くなった。
触れたくないこと。
それに、触れる。
「妊娠したのは、違う」
触れたくない。
知られたくない。
けれども、今は、ちゃんと知ってもらいたい。
圭は自分が美鳥の父親になれないかと言った。
明良が美鳥を身ごもった時期に、圭は家出した明良を追って郷を出ていたからこそ、周囲には圭が美鳥の父親であるとしても通るのだ。
しかし、明良は家出してすぐに妊娠したわけではない。
「妊娠するようなことについては、違う。自分の意思じゃない」
圭は長いあいだ、明良を捜してくれていたのだ。
同じ頃に、自分は出会ったばかりの男とみずからの意思で妊娠するようなことをしたのではなかった。
もちろん圭は察してくれてはいるだろうが、これまでは、たとえ誤解されていても触れずにいるほうが良かった。
でも、今は違う。
圭の誠意に応えたい。
だから、話すことにする。