天女の血
「おまえを追って郷を離れて、それからしばらくして、郷にもどった。だが、しばらくして、また郷を離れた。そのあと、建設現場で働くようになった」
「ちょっと待って」
しばらくして、とは、どのぐらいの期間なのか、わからない。
もしも、圭が郷にもどり、また郷を離れるまでが、短い時間であったのなら。
「大学はどうしたの?」
建設現場で働きながら大学に通ったのだろうか。
「中退した」
あっさりと圭は答えた。
明良は驚く。
知らなかった。
白河景は覆面作家で、経歴を一切公開していない。
もちろん大学を中退したとも紹介されていない。
明良は妊娠出産育児で忙しかったし、郷とは連絡を取っていなかった。
自分が家出をしたあと、圭がどんなふうに生きてきたのかを今まで知らなかった。
「土木作業員として働きながら、関連の資格をいくつか取った」
圭は話を続ける。
「蓄えが充分あるから大丈夫だろうとは思うが、将来それをすべて失う可能性がまったくないわけじゃない。そうなったとき、ブランクがあるのが心配だが、元の仕事にもどるつもりでいる。それで、三人、暮らしていければいいと思っている」
「ねえ」
声を強めて、明良は問いかける。
「なんで大学を中退したの」
「働きたかったからだ」
圭は明良よりも強い調子で言った。
そして、真剣そのものの表情で、続ける。
「俺はずっと後悔していた。おまえが、おまえの身体の変化を俺に打ち明けたとき、俺はたいしたことを言えなかった」
あのとき。
自分の部屋に圭を入れて、男の身体から女の身体へと変わってみせたとき。
圭はひどく驚いていた。
あたりまえの反応だ。
そのあと、圭が言ったのは。
わかった。
この先どうすればいいのか、考える。
それらは明良を拒否する言葉ではなく、状況を受け入れる言葉だった。
けれども、明良が期待していたのは違う言葉だった。
いや、言葉がなくても良かった。
女に変化した身体を抱きしめてほしかった。
「本当は、すべて俺にまかせろと言いたかった。おまえの全部を引き受けたかった。だが、あの頃の俺に、そんなことは言えなかった」
圭は苦しげに告げた。
どういうことなのか、明良は気づく。
あの頃、自分は十八歳だった。
圭は十九歳だった。
十九歳の学生だったのだ。