天女の血
明良は耳を疑った。言われたことの意味がよくわからない。
「なにを言ってるの……?」
戸惑い、圭の問いかけに対して答えるのではなく質問を返した。
圭は明良に向ける眼差しの強さをゆるめずにいる。
「俺はおまえが家出したあと、おまえを追って郷を離れている。現実には、俺はおまえに追いつけなかったが、そんなことはよほど詳しく調べなければわからない。だから、俺が美鳥の父親でも通るはずだ」
おまえに追いつけなかった。
それは、圭が追いつくよりもまえに、宜也にさらわれたからだ。
けれども、そんなことは、圭の言ったとおり、よほど詳しく調べなければわからないだろう。
調べなくてもわかる事実は、明良が妊娠した時期に、圭が家出した明良を追って郷を離れていたということ。
事実とは異なるが、圭が明良に追いついて、性的な関係を結んだということにすれば。
たしかに圭が美鳥の父親でも筋は通る。
そして、それなら、宜也に強姦されて妊娠した事実を消し去って、美鳥に自分が女性の身体になることを話せる。
自分は父親ではなく、産みの母親であることを話せる。
母親だと主張したいわけではない。
このまま、美鳥にとっての母親は律子でいい。
だが、これから先もずっと同じでいられるかどうかわからない。
いつ頃からか、男の身体でいるよりも女の身体でいるほうが楽になっていた。
それに、女の身体になると男の身体にもどるのに時間がかかるようにもなっている。
もしかすると、いつか、自分は女の身体から男の身体にもどることができなくなるかもしれない。
そんな不安を感じるようになっていた。
その不安が現実のものになったときには、美鳥のまえから姿を消すか、それとも、美鳥に自分の身体のことを話し自分が父親ではなく母親であることを話すか、どちらかを選ばなければならなくなるだろう。
話すことを選んだ場合、しかし、妊娠したいきさつは話したくない。
父親が圭ということにすれば、そのいきさつを話さずに済む。
だから、圭の申し出はありがたい。
「でも」
頭が混乱しそうになりながら、明良は言い返した。
本当にそれでいいのだろうか。
そこまで圭に背負わせていいのだろうか。
していいはずがない。
そう結論を出し、明良は断ろうとした。
だが、明良が続けるまえに、圭はさえぎるように言った。
「俺は幸運にも作家として成功した。充分な稼ぎがあるし、蓄えもある。これから三人で暮らしても、生活に困ることはないだろう」
白河景はベストセラー作品を数々生み出しているし、圭は莫大な収入があるからといって豪遊するタイプではない。
圭の話に嘘も誇張もないだろう。
「それに、俺は作家だけで食べていけるようになるまでは土木作業員として働いていた」
「え」
思わず、明良は声をあげた。
初耳だった。