天女の血
圭がこの家に初めてやってきたときも、帰れと突き放した。
会いたくなかった。
一緒にいたくなかった。
圭は知っているはずだからだ。
明良が他の男の子供を産んで育ていることを。
相手のことも知っているのだろう。
圭は十兵衛に自分が見たことのある鬼を、大企業の創業者一族のトップの長男、と説明した。
あれを聞いたときは心臓をえぐられた気がした。
大企業の創業者一族のトップの長男、とは、豊原宜也のことに違いなかった。
圭が宜也について話すのを聞きたくなかった。
本音を言えば、知られることすら嫌だ。
自分と宜也の関係を、圭に知られたくない。
家出したあとに、宜也にさらわれて強姦され、妊娠し、その子供を出産したことを、知られたくない。
さらに律子の死後に、宜也と定期的に会うようになったことを、知られたくない。
しかし。
明良が宜也に犯されたことについては話していないので察しているだけだろうが、それ以外のことは、圭は知っているのだろう。
知っている圭と、一緒にいたくなかった。
つらいとき、たとえば宜也にさらわれて豊原家に監禁されていた頃、圭との思い出が心の支えになっていた。
自分の中にある、大切で、温かな思い出。
もう圭とは会えないと思っていた。
でも、大学受験のときのことなど、様々な圭との思い出が、心をふっとなごませてくれた。
その思い出を綺麗なままにしておきたかった。
圭に宜也とのことを知られれば、知っている圭と一緒にいると、綺麗な思い出が汚されてしまうような気がした。
それに。
結局は、圭がそばにいるようになって。
ただ、そばにいる、それだけで、強い安心を感じた。
わかっていたことだ。
自分が一番安心できる相手は、圭だ。
一緒にいれば、心は自然に、圭に向かう。
圭に寄りかかりたくなる。
自分は美鳥の親で、一家の大黒柱としてしっかりしていなければと思うのに、圭に頼りたくなってしまう。
問題はそれだけではない。
さっき、圭に励ますように触れられて、みずからの意思ではなく女の身体に変化してしまった。
心の動きが身体に出たのだ。
心は隠せても、身体は隠せない。
だから、困る。
「明良」
圭は一歩も退かなかった。
ひたと明良を見すえて、言う。
「俺が美鳥の父親になれないか」