天女の血
奥野の頭領として生まれつき、鬼としての強い力を持つ代わりに、十代前半で外見は時を止めてしまっている結依。
一族に護られて、一般社会にはあまり出ないようにして、過ごしている。
けれども。
「まさか」
正樹は否定した。
憐れだと思ったことはない。
だが、寂しくはないだろうかと思ったことはある。
しかし、そんなことは言わない。
正樹は微笑んだ。
華やかな笑みである。
「僕が君にちょっかいを出すのは、それだけ君が魅力的だからだよ」
いつもの美声で明るく告げる。
「結依」
名を呼び、さらに続ける。
「君はその名の音のとおり、月のように綺麗だ」
夜空には月が浮かんでいる。
曇りなき、欠けてもいない、銀色の月である。
その美しさは、結依のそれと似ていると、正樹は感じる。
だから、口にしたのはお世辞ではなく、嘘いつわりのない正直な感想である。
結依は表情を変えなかった。
その紅唇が開かれる。
「つまらぬ」
ぴしゃりとはね除けるような、冷ややかな声だった。
結依らしい返事だ。
正樹は軽く笑う。
あの組織とのことに決着がついたら、ふたりでどこかに遊びにいかない?
そう誘ってみたくなった。
しかし、やめておく。
決着がついたときに自分がどうなっているかわからない。
果たせないかもしれない約束を、したくなかった。
もっとも、結依は誘いを断るに違いないから約束にはならないだろうが。
結依が歩きだした。
だから、正樹もそうする。
隣を歩きながら、話が終わって奥野の申し出を受けたことになったらしいと感じる。
まあ、悪いことではないので、別にいいだろう。
一番重要なのは、それが竹沢にとって良いことかどうかだ。
そのためであれば。
竹沢を護るためであれば。
この身は。
ふと。
思い出した。
俺はおまえが死ぬのを見たくないんだ。
あなたが死んだら、残された者は悲しい。
修一と美鳥の声が耳によみがえってきた。
やはり悲しむだろうか。
そう思う。
けれども、正樹の胸の中の決意は揺らがなかった。