天女の血
そして、市川律子は実際は母親ではなく、協力者である。
律子は明良から事情を聞き、自分の名前を貸したのだ。
それがあって、明良は市川律子の名前で美鳥を出産した。
結婚が出産後だったのは、出産前後の父親の不在をあやしまれないようにするためだろう。
出産した地で、市川律子を名乗っていた明良は子供の父親について聞かれると言葉をにごし、この子は母親の自分がしっかり育てていきたいと答えていたそうだ。
明良のそばには、その親友として名を偽った律子がいたという。
律子の全面協力がなければ、父親は明良で母親は律子、娘の美鳥、という家庭は築けなかった。
嘘の多い家庭だ。
けれども。
仲の良い夫婦で、仲の良い親子で、幸せそうな家庭。
それが、市川家を知る者から得た証言である。
「明良の性別については、美鳥の出産前後と豊原宜也と会っているとき以外は、男だ。でも、女性の姿のときは、妊娠出産したことから考えると、見た目だけではなく正真正銘の女性体になるらしい」
通常は男の身体であるのが女の身体に変化するだけではなく、子供を産んでいる。
明良の心はどうなっているのだろう。
「これは推測になるけど、春日明良は十八の頃、その身体に流れる天女の血が目覚めた。そして、通常は男の身体だが、女の身体にもなるようになった。そう推測した根拠は、女性であるときの明良の姿が十八歳ぐらいであること」
天女の血が目覚めれば、歳を取らなくなる。
明良は男の身体であるときは非常にゆっくりとだが歳を取っているようだが、女の身体であるときは二十歳を越えていないように見える。
実際、十八歳で妊娠し、十九歳で出産したのだから、天女の血が目覚めたのは十八歳以前ということになる。
しかし、さすがに、十代半ばには見えない。
「それから、大学受験をし、本命の大学に合格したにもかかわらず、高校卒業後に家出をしたこと」
その大学は春日家から通学できる範囲にあるので、大学進学のために家を離れる予定はなかったという。
また、明良はぎりぎり合格できるレベルであったので、かなり受験勉強をしたそうだ。
けれども、家出をし、念願かなって合格した大学には一日も通うことはなかった。
「そして、大学受験に合格してから高校卒業までのあいだに、明良にとっては祖母にあたる春日時子が亡くなっている。春日時子は天女の血が目覚めていたらしい女性だ」
どうせ結依は知っている、説明はいらないだろうと思いつつも、補足した。
「春日時子が亡くなり、天女の血が目覚めている者がいなくなった。だから、男として生まれた明良に受け継がれていた天女の血が目覚めた。そう僕は見ている」
結依は黙ったまま頭を少し動かした。
下へと。
同意するように。
「天女の血が目覚めて女性の身体にもなるようになった明良が、美鳥を産んだ。美鳥の実の母は明良だ」
それは間違いないことである。
「じゃあ、美鳥の実の父はだれだ?」
正樹は結依に問いかけた。
だが、もちろん、美鳥の父親はだれであるのか見当はついている。
ようやく、結依の唇が動いた。
「豊原宜也だ」
断言した。
推測ではなく、確信しているようだ。