天女の血
意外な名前だ。
「なんだか、古風な名前ね」
時代劇を連想してしまった。
桜吹雪とか、剣豪とか。
「……よく言われる」
「もしかして、ご両親の十人目の子供?」
「違う!」
十兵衛は強い口調で否定した。
「俺はひとりっ子だ。この名前は、日本かぶれのじいさんに影響された日本びいきの親父の趣味でつけられたんだ!」
「日本びいきはともかくとして、日本かぶれっておかしくない?」
「おかしくねえよ。ジジイは生粋のイギリス人だからな」
ということは、クォーターなのか。
彫りの深い顔立ちは、そのせいなのかもしれない。
「でも、イギリスなのに、なんでアロハ?」
「俺はイギリス人じゃねえ、日本人だ。それにアロハは芸術なんだよ!」
「もしかして、部屋にアロハシャツのコレクションがあったりする?」
「ああ、もちろんだ」
十兵衛は胸を張り、大きくうなずいた。
栗色の髪が揺れる。
その髪が光を受けて赤く輝いて見えたときは本当に綺麗だった。
美鳥はそれを思い出した。
「じゃあ、その髪は染めてるわけじゃないのね」
「ああ」
「ということは、赤毛の十兵衛……」
「なんだそりゃ!」
「イギリスじゃなくてカナダだったら……」
「それで出身がプリンスエドワード島だったら、ぴったりだって言いたいのかよ」
「へえ、詳しいんだ、赤毛のアンに」
あくまでも冷静に美鳥は言った。
十兵衛は口を引き結んだ。
少しくやしそうな表情をしている。
その表情に、心をくすぐられた。
自分よりもきっと年上で、身体も大きくて、ケンカ慣れしていて吸血鬼相手にもひるまず戦った男だ。
そんな相手なのに、可愛い、と思った。
美鳥の口元に笑みが浮かぶ。
すでに家の屋根の下まで来ていた。
家は二階建てで、狭いながら庭があり、車庫もある。
母が亡くなってしばらくした頃に、中古物件として売られていたのを買った。
酔っぱらいのひき逃げ事件の被害者の遺族に支払われた金で、いつかマイホームをという母の夢をかなえたのだった。
母は幼い頃に相次いで両親を亡くして、身内と呼べる者が少ないひとだった。
そういえば、父もそうであるらしい。
孤独な者同士であったから、引かれ合い、結ばれたのだろうか。