天女の血
そして、奥野の頭領が通された部屋を聞くと、電話を切った。
ゆるめていたネクタイを直し、部屋を出る。
廊下を歩く。
これから他の鬼の一族の頭領に会うのだ。
竹沢の頭領として。
正樹は歩きつつ、つい先ほどまで自室にいて緊張の解けていた顔を引き締め、竹沢一族の頂点に立つ者の顔を作っていく。
この世のものとは思えない、とまで形容される、美しい顔。
夢まぼろしのごとく。
けれども、儚くはない。
心にまでその印象を焼きつけるような鮮烈な華やかさ。
やがて、奥野の頭領が通されたという座敷の近くまで来た。
その座敷に面した広縁に、奥野の頭領が立っていた。
正樹のほうを見てはいない。
その眼は庭に向けられている。
庭には、水面に見立てられた白砂が敷き詰められ、その波打ち際から苔むした浜で、石灯籠が置かれ、松や椿が植えられている。
桜の大木もある。花の頃には、豪華絢爛といった様になる。
空は夜の色。
だが、白銀の月があたりを照らして、闇を薄めている。
正樹は微笑んだ。
「やあ」
声をかけた。
とっくの昔に正樹の存在に気づいていたはずの奥野の頭領が、ゆっくりと顔を向けた。
無表情だ。
黙っている。
しかし、正樹は笑顔を崩さない。
「今夜は満月。幸いにして空はくもっていないから、綺麗に見える」
相手は無反応だが、気にせずに続ける。
「そういえば、中国語の月は、君の名前の読みと同じだ」
その眼をとらえ、名を呼ぶ。
「ユエ」
結依は笑わない。
白いワンピースを着た細い身体、長い黒髪、陶磁器のような白い肌、大きな眼は長い睫毛に縁取られている。
まるで人形のような美少女である。
歳は十代前半に見える。
ただし、それはあくまでも見た目の年齢だ。
実年齢は正樹より少し上だと聞いている。
結依はようやく口を開いた。
「くだらぬ」
可愛らしい唇から出たとは思えない台詞だった。
それでも、正樹は顔に笑みを浮かべたままでいる。
慣れているし、予想していた展開だった。
結依は身をひるがえして座敷に入っていく。
その後を追って、だが、悠然と、正樹も座敷に入った。