天女の血
だが、予想外なことがあった。
美鳥の特殊な力。
天女の血が目覚めた者は、この世の者とは思えないほど美しく、歳を取らない。
そう正樹は認識していたが、あんな力まであるとは知らなかった。
正樹の支配を打ち破り、また、正樹の消耗を回復した。
特に後者のほうは。
ありがたいようで、厄介だ。
美鳥にしたキスを思い出す。
甘い、と感じた。
しかし、最初のうちは美鳥は正樹の鬼の力に支配されていたし、その支配を打ち破ってからは嫌がっていた。
一度だけ合意があったと言えるかもしれないのがあったが、それについても、美鳥は望んではいなかった。
つまり、美鳥は嫌であっても、するほうは甘く感じるのだ。
キス以上のことなら、どれほどいいのだろう。
あのとき、そんな誘惑めいた考えが頭をよぎった。
ああいった行為で、消耗が回復する、力が与えられる。
それがわかってから、それ以前に知っていた情報を合わせて考え、ある推測をした。
天女の身体はいい。
一度抱けば、おぼれてしまうほど。
その美しさゆえに男たちが執着するのだろうと思っていたが、それだけではないのかもしれない。
堅い美鳥にはこの推測は話せなかった。
力を与えられることを知られれば組織に狙われるおそれがあるから知られないようにしたほうがいいと、警告するにとどめた。
闇の組織は武器商人だけではないのだ。
美鳥の身体には、かなりの価値がある。
そう判断すれば、さらって、娼婦にしたてあげるかもしれない。
今の美鳥は垢抜けなくて地味な印象だが、天女の血が目覚めれば大化けするだろうし、そうならなくても顔立ちは整っているので化粧映えするだろう。
それでも気に入らなければ、整形手術を施すだろう。
胸は豊かなほうではないが、それについても同じだ。
価値をあげるためなら、本人の意思を無視し、平気でやるに違いない。
それから、着飾らせて、高価な品ばかりの部屋に置き、極上品の娼婦として売り出すのだ。
あなたは覚悟しているからいいのかもしれない。だけど、あなたが死んだら、残された者は悲しい。
自分を襲った相手に、そう言った美鳥。
彼女を護ってやりたいと思う。
だが、あの能力は厄介だ。
今の竹沢に、争いの火種をさらに抱える余裕はない。
せめて彼女が望んでくれたら。
そう思い、だから、去り際に連絡先を教え、君は僕の庇護下に入るのが一番いいと告げたのだ。
ふいに。
電話が鳴った。
音で内線だとわかる。
正樹は眼を開け、ソファから身体を起こした。
電話のほうに行き、受話器をあげた。
「はい」
「お客様が来られています」
家政婦の滝川の声が聞こえてくる。
「奥野様です」
奥野。
鬼の一族のひとつだ。
滝川が苗字のみを告げたのは、名を略しても伝わると考えたからだろう。
つまり、来ているのは、奥野の頭領なのだ。
昨日は豊原の嫡男から電話があり、今日は奥野の頭領が来訪か。
厄介なことばかりだ。
しかし。
「わかった。すぐに行く」
正樹はいつもと変わらない美声で返事をした。