天女の血
廊下を進む。
あたりは静かだ。
灯りはついているものの、やはり昼のような明るさはない。
風格のある建物内の隅のほうには、ほのかな闇が落ちている。
しばらくして、正樹は自分の部屋にもどった。
広い和室。
だが、家具は洋風なものもある。
正樹はソファに腰をおろした。
ネクタイをゆるめ、ソファのやわらかな背もたれに身体を預ける。
ほっとした。
けれども、少しして、何気なく自分の横に置いた物のことを思い出した。
茶封筒をつかんで、膝の上まで持ってくる。
検査結果を確認する。
「……ああ」
ひとりでいるのに、思わず声が出た。
美しい顔をしかめる。
予想していたとおり、悪い。
前回よりも悪くなっている。
これでは、飯田医師が心配するのも、修一が説教するのも、無理はない。
正樹は検査結果を茶封筒にもどし、その茶封筒を横に放った。
眼をつむる。
自分はあとどれぐらい生きられるのだろうか。
そんなのは考えてもしかたのないこと。
そう思うのだが、自然に頭に浮かんできてしまった。
二十代で命が尽きることはないと見てるんだけど、実際にはどうかわからない。
ふと、今日の自分の発言を思い出した。
言った相手は、美鳥。
連鎖して、思う。
今の自分が検査を受けたら良い結果が出るのではないか、と。
鬼としての力を使ってきたのに、消耗している感じがない。それどころか、活力が自分の身体に宿っているような気がする。
その原因は、何度もしたキス、だろう。
閉じたまぶたの裏の暗闇に、美鳥の姿がよみがえってきた。
彼女の置かれている状況は、彼女が思っている以上に難しい。
正樹が美鳥を自分のものにしてしまおうとしたのは、吸血鬼が美鳥に執着しているらしいことを知って、美鳥をおとりに使えないかと考えたからだ。
親切心からではない。悪だくみと言っていいことだ。
しかし、自分の庇護下に入るのが一番いいと美鳥に言ったのは、自分にとって都合の良い状況をもたらすためだけの嘘ではない。
この世には知らずにすむのなら知らないままでいたほうがいいこともある。
そう正樹は思う。
自分が得た情報から考えると、美鳥の天女の血が目覚める可能性はかなり高い。
目覚めた場合、美鳥はもうしばらくすると歳を取らなくなる。
完全に彼女を護り隠してくれるところの庇護下に入ったほうがいい。
そして、今の状況であれば、彼女は知らないほうがいいことを知らないまま竹沢の庇護下に入ることができるのだ。
親の明良は怒りそうだが、彼女には絶対に知られたくないことがあり、なおかつ、彼女がどこかの庇護下に入ったほうがいいことは認識しているだろうから、最終的には黙るだろう。
豊原はもっと冷静に考えるはずなので、抗議してはこないだろう。
そう踏んだからこそ、正樹は動いたのだ。