天女の血
ここ最近、検査結果は悪かった。それも、どんどん数値が悪くなっていた。
だから、茶封筒の中を確認しなくても予想できた。
自分と医師以外には検査結果を見られたくなかった。
「なあ、正樹。飯田先生は、なぜ、この検査結果を俺に預けたと思う?」
修一は先程までと比べると落ち着いた様子で、聞いてきた。
しかし、正樹は黙っている。
「おまえの健康状態を、俺に知らせたかったからじゃなのか」
「……医者の守秘義務に反してるよ」
「飯田先生は仰っていた。おまえが忠告を聞かないのだと」
正樹は修一から顔をそむけた。
言われたことに、心当たりがいくつもある。
この茶封筒の中身にしても、数日まえには検査結果が出ていて、それを病院まで取りにいくはずが放置していたのだ。
「しばらく休養したほうがいいと、先生は仰っていた」
修一は穏やかな声で告げる。
「俺も、そう思う」
心配してくれている。
それは、わかる。
けれども。
「そんなことをしてる場合じゃない」
正樹は修一のほうを向き、その眼を鋭く見すえる。
投げつけた声は厳しいものになった。
「シュウ、君は弟を殺されて激怒していないの」
「しているに決まってるだろ」
即座に、修一が言い返してきた。
表情が一変している。
荒々しい。
肉親を殺された怒り、そして憎しみ。
腹の底が煮えたっているのだろう。
それが、はっきりとあらわれている。
「仇は俺が討つ」
決意を感じる。
「だから、正樹、おまえは休んでいればいい」
「そういうわけにはいかない」
正樹は拒否した。
しかし、修一は引き下がらない。
「俺はこの件に自分の命を賭けるつもりでいる。持って生まれた力をすべて使い果たしてでも、仇を討つつもりだ」
鬼としての力を使えば、それだけ消耗し、命を削ることになるのは、修一も同じだ。
たとえ死ぬことになっても。
そう覚悟しているのが伝わってくる。
だが。
「そんなことは、ゆるさない」
正樹はきっぱりと告げた。
「君には、僕の亡きあと、竹沢の頭領になってもらう。だから、君に早死にされるわけにはいかない」
「正樹、なにを」
「今回のことは竹沢の失態だ」
大失態だ。
祐二は兄の修一が頭領候補として名が挙がったのにもかかわらず選ばれなかった頃から、反撥し、一族から距離を置くようになった。
その姿が消えたときも、みずからの意思で失踪したのだろうと考えた者が多かった。
実際、ある程度まではそうだった。
祐二は一族を去るつもりでいたらしい。
そんな祐二に組織は近づき、だまし、おびき出して、捕まえたのだ。
だから、発端は竹沢一族にあったと言えるだろう。
「竹沢の失態に対する責めは、竹沢の頭領である僕が負うべきものだ。命を賭けるのは君じゃない、僕だ」
「違う。それは、違う。おまえに死なれたら、竹沢の屋台骨が揺らぐ。それに、祐二は俺の弟だ。俺の命を使うのが順当だろうが」
「さっきも言ったけど、君には僕の死後に竹沢の頭領になってもらうつもりでいる」
正樹は真っ直ぐに修一の眼を見る。
相手の眼をとらえている。
自分の、赤い、鬼の眼が。
「従ってもらうよ。僕が竹沢の頭領なんだから」
支配する。
最強といわれる力で。