天女の血
「それで、今日はその件で動いた」
「収穫は?」
修一の眼がふたたび正樹に向けられた。
「残念ながら、収穫無しだ」
そう答えながら、まったく収穫が無いわけではないと思った。
けれども、あれについては忘れることにしたのだ。
「力をムダに使ったんじゃないだろうな」
険しい表情で修一は問いかけてくる。
「さあ、どうだろう」
正樹はあいまいな返事をした。
だが、これでは鬼としての力を使ったのを認めたのと同じで、収穫がないのだから、力を使ったのはムダであったことになる。
力は一切使っていないと嘘をつけば良かった。
そう思ったが、今さらだ。
嘘を重ねることに抵抗があった。
そんな自分の甘さに、嫌気がさす。
「正樹」
修一は脇に置いてあった茶封筒を手に持った。
「飯田先生から預かってきた」
飯田先生とは、飯田弘文、医者である。
そして、正樹の主治医だ。
修一は茶封筒をテーブルに置いた。
「このあいだの検査の結果だ」
正樹は定期的に、それもわりと短い間隔で、健康診断を受けている。
その結果だろう。
しかし、この話の流れで、どうして修一は検査結果を出してきたのか。
「中を見た?」
正樹は茶封筒を自分のほうに引き寄せつつ、聞いた。
「ああ」
あっさりと修一は肯定した。
正樹は眉根を寄せる。
「こういうものは他人が見てはいけないものだと思うんだけど?」
「一般的にはそうだろうな」
非難されても、修一は堂々としている。
「だが、おまえは竹沢の頭領だ。その健康状態を皆が気にするのは当然だろう」
「だからといって、検査結果を本人の承諾無しに勝手に見ていいはずがない」
「正樹、今、おまえが声をとがらせているのは、中を見なくても、検査結果がわかっているからじゃないのか」
「……僕に透視能力はないよ」
「そういう意味じゃない」
もちろん、わかっている。
ただ、話を少しでも逸らしたかっただけだ。
「正樹」
けれども、話を逸らすことはできない。
「おまえは確かに最強だ。おまえほど様々な力が使える鬼はいないし、その個々の能力の高さも素晴らしい。だが、他の者より力が強いぶん、使えば、それだけ、おまえの身体に跳ね返る」
そんなこと、言われなくても、知っている。
修一にしてみても、正樹が知らないとは思っていない。
それなのに言ったのは。
今、正樹の手にある茶封筒の中身、検査結果が悪いからだろう。