天女の血
だいたい、美鳥のことを置いておいても怒りを感じる。
今の段階では推測でしかないが、この監視カメラのレンズの向こうにいると思われる組織は、自分たちが特殊な能力を与えた男が非道な犯罪行為を続けているのを黙認している。
断定はできないものの、彼らがあの男の居所を把握しているのは、ほぼ確実だ。
だからこそ、十兵衛があの男と戦った翌日に十兵衛のアルバイト先を訪ね、建吾があの男を退けた翌日である今日にはガラの悪そうな七人を雇って差し向けてきたのだろう。
七人が絡んできたのが偶然ではないのは、こうして監視カメラがひっそりと設置されていて、その存在を七人が知っていたことからも、あきらかだ
自分たちが特殊な能力を与えた男の居所を把握しているのに、捕まえようとはしない。
彼らはきっと、男が組織から与えられた特殊な能力をどのように使うのかを観察し続けているのだ。
研究所外における実験として。
そのあいだに、五人の女性が犯され殺されている。
組織は男を捕まえたくても捕まえられないのではないのだろう。
もし組織があの男を早く捕獲していれば、五人の女性のうち何人かは被害者にならずに済んだはずだ。
けれども、そうしなかった。
今もそうせずにいる。
彼らは、被害者の苦しみや無念、被害者を大切に想う者の悲しみなどは、どうでもいいのだろう。
実験体のすることを冷静に観察し、実験の邪魔になりそうな者は排除しようとしている。
自分たちの作ったものの品質には責任を持つが、作ったもののすることには責任を持たない。
そんなのは、ただの言い訳だ。
彼らには責任がある。
罪がある。
そう建吾は強く思う。
激しい怒りをぶつけるように、射抜くように、断罪するように、監視カメラのレンズを見る。
しばらくして。
建吾は無言のまま、監視カメラから顔をそむけた。
あたりに視線を走らせる。
先程までと、ほとんど変わらない。
建吾が倒した者たちが、まだ立ち上がれずにいる。
しかし、重体というぐらいの状態の者はいないはずだ。
戦いながら、建吾は相手が重傷を負わないようにしていた。
胸に怒りがありながらも、計算できる余裕があった。
七人とは、実力に歴然とした差があるからだ。
建吾は歩きだす。
公園の外へと向かう。
ふと、思いついて、携帯電話を取りだした。
そして、電話をかける。
三回目のコールで、相手が出た。
「よォ」
十兵衛だ。
「もう片づいたか?」
「はい」
「そうか。結構、早かったな」
早かったのまえに、結構が付いた。
結構が付かない速さはどのぐらいなのか。
そして、十兵衛ならそれぐらいの速さで七人を片づけることができたのか。
少し気になった。