天女の血
これで充分だろう。
そう建吾は判断して、男を解放した。
それから、自分が倒した他の者たちを見渡す。
両膝と右の手のひらを地面についている男が、その近くにある木の枝を見あげている。
男は建吾の視線を感じ取ったらしく、ほんの一瞬だけ建吾を見て、だが、すぐに慌てた様子で眼をそらし、うつむいた。
あそこになにがあるのか。
建吾は木のほうに近づくと、さっき男が見ていたあたりに眼をやった。
桜の樹だ。
花の頃はとっくに過ぎ、今は、大きく伸ばされた枝に楕円形の葉が青々と茂っている。
建吾は注意深く見る。
残念ながら裸眼の視力は良くないが、コンタクトレンズをしているので問題はない。
そして、見つけた。
たくさんの葉のあいだに、カメラのレンズ。
ワイヤレスの小型監視カメラのようだ。
ああ。
そういうことか。
建吾は状況を理解した。
さっき、くだらない観察はやめるよう伝えろと言った。
それはあの吸血鬼についてのことのつもりだったが、この場にいる男は別のことを連想したらしい。
今、自分たちを観察しているカメラ。
つい、それを見たのだ。
雇い主から監視カメラが設置されていることを聞いていたのだろう。たぶん、依頼した仕事をきっちりするかどうか見るためとでも言われて。
この場所に誘導したのは建吾であるので、小型監視カメラはこの公園のあちらこちらに設置されているのかもしれない。
観察されていたのだ、自分は。
この男たちを差し向けてきた目的は、建吾を痛めつけるためではなかったのかもしれない。
いや、それもあったのかもしれないが、それよりも観察の意味合いが大きそうだ。
だからこそ、こんな、使い捨てにできるような者たちを雇った。
建吾の実力がどれぐらいかが、ある程度わかればいい。
そういうことなのだろう。
不快だ。
建吾は監視カメラのレンズを見すえる。
レンズの向こうに、諸悪の根源がいるのだ。
胸の中で炎が揺らめく。
襲ってきた七人を倒す際に、ぶつけた怒り。
しかし、自分が戦う相手としては物足りず、炎はほとんど見えないぐらいに小さくはなったが、まだ胸に残っていた。
その怒りの炎が大きくなる。