天女の血
建吾は眼を細めた。
頭の中では、これまでの情報と、ついさっき知った情報が合わさって、駆けめぐっている。
「だって妙だろ。俺があの吸血鬼に遭遇した次の日に、ソイツを捜してほしいって、闇の組織が依頼してくるなんてな」
「たしかに」
さっき話を聞いていて引っかかったのは、まちがいなく、それだ。
翌日にやってくるなんて、早すぎる。
偶然の可能性も考えた。
しかし、それではやはり納得できない。
「前日にあなたがあの男と接触したのを、その組織が知っていたということでしょう」
「ああ」
「だいたい、その組織がきわめて優秀な集団で、規模が大きいのなら、人捜しを探偵事務所に依頼するのは妙な話だ」
「ああ、そうだ」
十兵衛はふたたび同意する。
「アイツらの技術と組織力を使えば、人ひとり捜しだすのはそう難しくねェだろ。それに、もし捜しだせずにいて困っていたとしても、探偵事務所に仕事を依頼しねェだろうさ。アイツらとうちの事務所が友好関係にあったわけじゃねーし。まして、仕事の依頼内容が、吸血鬼事件の犯人を捜してほしい、なんてなァ」
仕事の依頼を断られて、とうぜん。
断られることを見越していただろう。
本来の目的は別だから断られても良かったのだ。
「だが、そうなると、別のことが気になる」
別のこと。
それはなにか。
一瞬、建吾は考えた。
そして、答えを出す。
「あなたとあの男が接触したのを、組織は知っていた。つまり、それは、あの男がどこにいるか知っていたということ。それなのに、どうして、組織はあの男を捕まえようとしない?」
「ああ、俺もそれが気になる」
あの男が美鳥を襲った以前には、組織はあの男がどこにいるか知らなかった。
そう考えてみる。
しかし、仮にそうだったとしても、知ったあとに、あの男を捕まえればいい。
だが、実際は、あの男は組織に捕らえられず、建吾と美鳥のまえにあらわれたのだ。
組織はどこにいるか知っていて、あの男を見逃してやることにした。
いや、違う。
見逃すつもりなら、十兵衛のアルバイト先を訪ねたりはしないだろう。
つまり。
どういうことなのか。
「アイツらはいつからあの男の居所をつかんでいたんだろうな」
十兵衛は問いかけた。
そして、建吾の返事を待たずに、続ける。
「それを考えると、嫌な推測が頭に浮かんでくる」
「ええ」
建吾は相づちを打つ。
「そうですね」
組織があの男の所在をずっとまえから把握していたのだとしたら。
自分たちが力を与えた男が五人の女性を犯して殺したのにもかかわらず、野放しにしていることになる。
彼らの目的は、野外における実験体の観察か。
そう建吾は推測する。
たしかに、嫌な推測だ。