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天女の血

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波立っている感情をどうにか落ち着かせたいと思う。
しかし、できない。
思い出したくないのに、いろんなことが、これまであったいろんなことが、感情を抑えてやりすごしたつらいことが、次々に頭に浮かんで、その記憶が心を揺り動かす。あのときは感情を抑えたぶんが、倍になって返ってきて、ひどく揺さぶられる。
泣きやみたいのに、涙が眼に浮かんできて流れ落ちる。
頭になにか熱いかたまりがあるかのように重い。
うつむいている頭が、肩が、揺れる。
ふと。
建吾が近づいてきた。
すぐそばで立ち止まる。
その腕があげられる。
美鳥のほうへと、伸ばされる。
あっと思ったときには、もう、その胸へと引き寄せられていた。
学年はひとつ上でも、今はまだ同い年。
しかし、体格はまるで違う。
女性のようなやわらかさのない、堅い、力強さを感じさせる、男性の身体だ。
その腕に抱かれている。
「今は、しっかりしてなくてもいいです」
建吾が穏やかな声で告げる。
「俺がいますから」
ほんの少しだけ、抱く力が強まった。
けれど、嫌じゃない。
むしろ逆。
ふっと美鳥の身体から力が抜けた。
よく鍛えられているらしい腕と、広い胸の感触。
完全に護られて、すっぽりと包まれているようで、安心する。
家族ではない者の、それも異性の温もりが、こんなに心地の良いものだとは知らなかった。
自然に身体が動いて、すぐそばにある胸にもたれかかる。
体重を預ける。
しかし、建吾は少しも揺るがない。
受け止めて、支えてくれている。
だから、心がいっそう安らぐ。
もう涙は止まっている。
それでも、しばらく、美鳥は身体を建吾に預けたままでいた。

夜空の影が下界に落ちている。
だが、道には等間隔で外灯が立っているので、濃い闇が広がっているというほどの暗さではない。
歩道を歩く建吾の横を、車がヘッドライトを光らせて何台も通りすぎていった。
繁華街ではなく、高層マンションが多い住宅街である。
その高層マンションのひとつに、圭は暮らしている。
そして、建吾は昨日から圭の部屋に厄介になっていた。
圭の暮らすマンションのレベルは高く、部屋は広々としているので、住人がひとり増えたぐらいではまったく問題がない。
もっとも、近々、圭はそのマンションを引き払って、市川家の近くに引っ越すつもりだ。
建吾は圭のマンションに向かって歩いている。
その耳に。
「容量オーバーってとこか」
十兵衛の声。
しかし、隣を歩いているのではない。
建吾の持っている携帯電話から聞こえてくる声だ。
作品名:天女の血 作家名:hujio