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天女の血

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美鳥。
呼びかけてくる律子の嬉しそうな顔が、頭に浮かぶ。
一緒に暮らしていた、多くの時間をともに過ごしたからこそ知っている、ささいな癖も思い出した。
今、思い出してはいけないと思うのに。
思い出したら、心が激しく揺り動かされてしまう。
ふだんは抑えこんでいる感情が引きずり出されてしまいそうだ。
冷静にならなければ。
そう自分に言い聞かせ、どうにか心を落ち着かせようとする。
しかし。
「正直言って、あのときに、あなたが恐がって我を忘れてしまったら、俺は護りづらかっただろうと思います。あんなふうに、直接ぶつかることなく、相手を去らせることはできなかったでしょう」
建吾は話を続ける。
「でも、あなたが恐がっても、ひどく取り乱したって、おかしくない状況だった」
その眼は美鳥をじっと見ている。
端正な顔の真摯な眼差しが胸の中まで切りこんでくる。
「しっかりしないといけないって、自分はしっかりしないといけないって、思っているからでしょう? あのときに限らず、今も」
また、心が大きく揺れた。
問われたとおりだ。
しっかりしなければいけない。
何度も、そう思ってきた。
しっかりしなければいけない。
母親がいないからだと言われないように。
そして。
律子と明良と自分の三人で築きあげてきたものを護り続けるために。
自分にとって、大切な、大切な、もの。
それを護るために、しっかりしなければいけないと自分に言い聞かせてきた。
「今まで」
建吾の声がやわらかいものになる。
眼差しも、優しい。
「あなたはよく頑張ったと、俺は思います」
その言葉が、ふわりと胸に落ちて、しみわたる。
このひとは知っている。
知っていて、これまでの自分の精一杯の頑張りを認めて、言ってくれたのだ。
思い出す。
今まであったこと。
つらいことも。
感情を抑えて、乗り切ってきたことも。
いろいろと思い出した。
心が大きく揺さぶられる。
胸が熱くなる。
鼻の付け根のあたりが痛くなった。
眼が潤む。
ダメだ。
そう思った。
冷静になろうとした。
けれども、抑えられない。
自分の中で感情が大きくうねって、それを抑えこむことができない。
せき止めていたものが決壊する。
あふれ出る。
涙がこぼれ落ちた。
それが頬をつたうのを感じる。
泣いてしまった。
止めたくても、心が震えていて、止められない。
それが恥ずかしくて、美鳥はうつむいた。
作品名:天女の血 作家名:hujio